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--- まずは、今回トニー・アレンのリイシュー 6タイトルのデジタル・リマスタリングを手掛けることになった経緯からお聞かせいただけますか?
「waxpoetics JAPAN」の日高(健介)さんたちが今回の作品をまたCD化しようっていうところからそもそも始まって。それが、僕のMusic Conceptionの作品もディストリビューションしてもらっているウルトラヴァイブからリリースすることになったんですよね。でまぁ、その昔「ウルトラ 3」 (かつて渋谷区宇田川町にあったウルトラヴァイブ直営のレコード・ショップ) で僕がウルトラヴァイヴの人達と一緒に働いていた時期もあって、「よかったらマスタリングやってみない?」って声を掛けてもらったんですよ。
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--- 日高さんはライナーノーツも書かれていますが、これだけのテキスト資料というのは本邦初なんじゃないかなと思うぐらい充実していますよね。
いやこれはホントすごいですよね。でもまずは資料を読まずに聴いてもらいですね。その後に資料に目を通してもらって、また聴き返すと新たな発見があるかもしれないっていう。
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--- 今回リマスタリングする上で、ポイントになった部分というのはどのあたりだったのでしょうか?
露骨に色んなところを変えすぎないようにしようかなっていうのはまずありましたね。昔のマスターでそんなに音が良いとは言えなかったんで。10年ぐらい前に出た再発盤なんかを今聴くと、やっぱり “何年か前の音”がしているんですよね、当然のことなんですけど。だからそれを今の音になるべく持っていけたらなって。
あとは、1枚1枚をどうこうしたというよりは、6枚全部の統一感をどうやって出そうかなっていうのがいちばん考えた部分ですね。ようするに70年代のめちゃくちゃ古い音から、結構ハイファイな最近の音までが並んでいるんで、そこに統一感を持たせたかったんですよ。
その中で、あくまで主役はトニー・アレンのドラムの音にしていこうと。ただし、逆に主役の音を目立たせすぎて曲の雰囲気が壊れても意味がないので、トニー・アレンの存在を頭に入れつつも、アルバム1枚、その中の1曲1曲を今風の要素を加えながらどれだけ良く聴かせるかっていう部分ですよね。でさらに、6枚の統一感をいかにして出すかっていう。
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--- 素人には想像を絶するような匠作業ですね・・・
(笑)少なくとも“気持ち的には” そういう感じでやったということであって、あとは聴いた人の判断に委ねるしかないのが実際のところではあるんですけどね。
やろうと思えば何でもできるんですよ、マスタリングって。低音を過剰に効かせるとか、ハイファイなものをちょっと粗めの音に仕立てるだとか、全然可能なんですけど、そこまでやる必要が正直なかったんですよね。
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--- なるべく素材のままで。
そうですね。素材の良さを生かして、変えすぎないっていう。やっぱりアーティストのその時の意思っていうものがあるじゃないですか? そこを尊重するのはもちろんのことなんで。僕もそこまで精密にできる方じゃないんですけど、マスタリングってかなり奥が深いんですよね。普通のミックス・ダウンとはまた違って、既存のステレオ素材をいかにして微妙に変えていくかっていう作業なんで。
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--- CALMさんは、2003年にファラオ・サンダースのベスト盤の監修もされていますが、60年代、70年代あたりの欧米のジャズの音と、トニー・アレンのような70年代のアフリカ録音作品の音とでは、マスターの段階でその音の性質にかなり違いがあるようなものなのでしょうか?
いや、結構似てましたよ。使ってる録音機材が似てるんで自ずとそうなるとは思うんですけどね。「あぁ時代の音だなぁ」って。あとは、ファラオにしろトニー・アレンにしろやっぱり演奏の技術がとてつもなく高いんですよね。マスタリングで聴いてると、演奏技術の高さっていうものもはっきりと出てきますから。だから、演ってる音楽がちょっと違うだけであって、どちらも演奏のクオリティ自体は変わらないんですよね。
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--- ちなみに、原盤のアナログもお持ちだとは思うんですが、オリジナルの音質や音圧というのはどの程度のものなんでしょうか?
何枚か持ってますけど・・・さすがにそこまで質のいいものではないですよね。演奏技術とは別に録音状況なんかがやっぱり元々良くないんで。だけど、ハイファイにはないその粗さが逆にいいかなっていう。
これはトニー・アレンに限った話じゃないんですけど、60年代、70年代、80年代ってスタジオの技術が変わってきているんで、音そのものがまったく違うんですよ。響きもまったく変わってくるし、そこでグルーヴも変わってくる。ただ、トニー・アレンの場合は意外とグルーヴが一貫しているというか、良い意味でも悪い意味でもあんまり変化していないのかなって(笑)。
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--- (笑)ブレがないというか。
多分細かい技術的なところは進歩しているんでしょうけど、大きなグルーヴで見るとそんなに劇的な変化はないのかなって感じますね。
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--- 1975年の『Jealousy』と2002年の『Homecooking』あたりを較べても、四半世紀以上グルーヴ自体には大きな変化がない。
ドラムに関してのグルーヴ感はほぼ一緒ですね。ただ周りのメンバーが違ってきますから。例えばホーン・セクションのメンバーがまったく違うとか、シンセサイザーがけっこう使われていたりとか。そうすると、トニー・アレン自身が本当に欲しかったグルーヴっていうのがそこにあったのかな? っていう気はちょっとしますね。
『Jealousy』や『Progress』みたいな初期の作品だと、まだフェラ・クティがドラム以外のアレンジメントをちょっと手伝っていたりするわけですから、その点はやっぱり“御大”の力でもってるようなところもあるんじゃないかなって。
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--- ナイジェリア時代の作品(『No Discrimination』)まで、フェラはかなり口酸っぱく指示を出していたんではないかなと。
ドラム以外の部分はかなり細かくチェックを入れていたと思います。そういう意味で、この時期までの作曲やアレンジ方法に関してはフェラ・クティの作品とそれほど極端に違いはないって言えるんでしょうね。
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--- トニー・アレンという名前が色々なところで話題に上がってきたのは、やっぱりフェラ・クティの再評価とほぼ時を同じくしてという感じなのでしょうか?
そうですね。まずはフェラ・クティを聴いて、で「この独特なドラムを叩いているのは誰だ?」ということになって、そこで初めてトニー・アレンという名前を耳にするわけですよね。
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--- CALMさんは、学生時代の80年代末にロンドンにいらしてた時期がありましたよね。
その頃、向こうではジャズのムーヴメントがある程度落ち着いてきて、ちょうどワールド・ミュージック的なものに注目が集まり始めていた時期だったんですよね。アフロ・ジャズとかブラジル音楽とか。その中にはもちろんフェラ・クティのようなアフロビートやアフロ・ファンク系の音楽もあって。レコード屋にバーッと並んでいましたからね。でもフェラ・クティはそれ以前にもすでにロンドンとかでは再評価されていましたから、厳密には“再々評価”っていう感じでしょうね。
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--- ヨーロッパでは20年ぐらい前に“二度目の再評価”があった。日本でフェラ・クティやトニー・アレンが本格的に盛り上がってきたのは今から10年ぐらい前でしょうか?
『Jealousy』や『Progress』が最初に日本盤でCD化されたのがそのぐらいでしたから・・・そうですね、10年ぐらい前なんだと思います。90年代後半。その時期に小林径さんあたりがしきりに「フェラ・クティ、フェラ・クティ」って言っていた記憶はありますね。『Zombi』とか『Upside Down』とか、有名な作品もごっそりアナログで再発されたりして。ちょうど僕が「ウルトラ 3」で働いていた頃ですね。
10年から15年前って、フェラに限らずいわゆるレアグルーヴ系の稀少作品が、USのアナログ盤で安く再発されるっていう流れがあったんですよね。音はそんなに良くなかったんですけど、そういう類のものが次から次へと再発されていたんですよ。1500円前後で。
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--- それでもフェラやトニー・アレンの音楽は、欧米のファンクやレアグルーヴ系の作品などとは一線を画していたという。
フェラ・クティの音楽って、ドラム以外に関して言うと、それこそアメリカのファンクからの影響がすごく判りやすく反映されているものだとは思うんですけど、そこにトニー・アレンのドラムが入るのと入らないのじゃまったく違うものになってくるんですよね。あのドラムがあって初めて独特のサウンドになるっていう。あそこにJBズのようなドラムがタイトに入っちゃうと、それはただのファンクなわけで、アフリカ人が欧米的なファンクを真似て演っただけっていうことになっちゃいますからね。
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--- こういったグループというのは、70年代、80年代のアフリカに他にも存在していたんでしょうか?
掘り出せばそれなりにいたんじゃないかなとは思うんですけど、さすがにトニー・アレン クラスのドラマーが在籍しているグループっていうのはほとんどいなかったんじゃないですかね。あとはもっと民族音楽寄りになっちゃうような気がします。
言い方悪いかもしれないですけど、トニー・アレンとかフェラの作品って、ようするにポップスだと思うんですよ。民族音楽のようなネイティヴなものと較べるとやっぱり大衆音楽寄りというか、すごくとっつきやすい。それでも欧米圏で俗に言う産業ポップスとはもちろん違うわけですから、独特って言えば独特ですよね。
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--- 流れは汲んでいるけど、ハイライフ (1950年代にガーナで発祥した大衆的なダンス・ミュージック) ともまた違う。
とにかく、すごく土着的な民族音楽しか聴いていないような人たちの音楽ではないですよね。ある程度西洋の音楽を聴いていないとここまでは昇華できないと思います。だから、そういった純粋な民族音楽しか周りにない部族のところなんかに行くと、多分すごく変わった面白いリズムとかあると思うんですけど、でもそうなるとあまりにもディープで、聴く人がだいぶ限られてきちゃうんですよね。
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--- 実際にライブをご覧になられたことというのは? 2008年の「METAMORPHOSE」でご一緒でしたよね。
そのときに一度観たぐらいですかね。強烈って言えば強烈でしたけど、こっちもある程度予想をして観に行っているところもあるんで・・・正直そこを超える程ではなかったかなっていう(笑)。やっぱり予想を超えてこそナンボかなっていうか、「カッコいいけどこんな感じなんだ」みたいな。
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--- 先ほどのリイシュー盤リリース・ラッシュの話ではないですけど、最近アフロビート系のリイシューもひっきりなしですから、ちょっと辟易しているというか、それなりに抗体も付いてきたところはあるかもしれませんよね。
だから逆に、こういったものにまったく接したことがない人たちが観たらすごいインパクトはあるんじゃないかとは思うんで、今回の再発もむしろそういう人たちに特に聴いてもらいたいなっていうのはありますね。
(へつづきます)