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「ツェンダーの則天去私なロマン派」

2011年8月5日 (金)

連載 鈴木淳史のクラシック妄聴記 第32回

「ツェンダーの則天去私なロマン派」

 シューマンやメンデルスゾーンなど、初期ロマン派の音楽は、極端に濃い味付けや、構造意識があまりにも鋭敏な演奏で聴くと、どこか本来の風味を損ねるような気がして、なんとも難しいものであるなあと、常々思っておった。というのも、優れた演奏、とくに他人に「これいいぜ」と胸を張って薦められる演奏は、やはりどこか極端な方向にブチ切れたものが多くなるわけで、それってホントにこの作曲家の作品を聴いたことになるのかしら、演奏家の思い入れを聴かされただけなのではないかしら、などといった不遜な感情が渦巻いて、妙にせつない気持ちになったまま、歯磨きもせずに寝てしまう。

 また、こういった優れものの演奏ばかり聴いていると、作品の落ち度というものも逆に透かし彫りになってしまうもので、シューマンはオーケストレーションが下手っぴでした、とか、メンデルスゾーンは旋律はカッコいいけど、心に残りませんのう、まあ、お坊っちゃん音楽といったところで、などといったガッカリな評価にも結びつく。なんとも難しいものよ、初期ロマン派さんは。

 そんなときに、福音のように立ち現れたのが、ハンス・ツェンダーの演奏。このところ、毎月のように彼が南西ドイツ放送響を振った録音がリリースされているのだが、これが驚天動地、泣く子も黙って自ら命を差し出す、みたいなスーパーでハイ・エネルギーな演奏とはやはり違っていて、ツェンダーにしか到達できないような、とてつもなく地味で、ガッツリ渋い。なにしろ、演奏家の思い入れなどは、一切ないといっていいくらいの則天去私っぷり。

 まずは、シューマンの交響曲第1番《春》。テンションは低めに安定。第1楽章の序奏の気分をそのまま引きずったまま主部に突入、という有り様だ。その落ち着き払った様子は、不穏な予感を漂わせつつも、とにかく美しい。響きは柔らかなのだけど、芯が通って、凛と引き締まった音楽。
 最終楽章の展開部。テンポが急激に落ちて、木管のソロが丹念に描かれる。「これはこれは、ケレン味タップリのご行状で」なんて思わされてしまうこと必至のテンポ設定なのだが、ツェンダーの作り出す落ち着き払ったコンテクストのなかで聴くと、それがまったく無理がないというか、ストンと腑に落ちる。
 指揮者がオノレの考えで、オーケストラをコントロールしてます、といった素振りがまるで見当たらないのだ。まさしく、見えない指揮者が振っている、なんてイメージ。

 メンデルスゾーンの《真夏の夜の夢》組曲と序曲集もいい。驚くべきことに、これらの演奏にはドラマがない。物語性がほとんど感じられない音楽なのだ。たとえば、有名な結婚行進曲は、祝祭的な雰囲気など無縁のように響く。その代わり、音楽がどのように推移し、展開していくかが妙にハッキリとわかる。気持ちよく流れる、魅力的な音楽だけがそこにあることがわかる(ちなみに、この行進曲のコーダのクラリネットによるトリルが、マーラーの交響曲のように盛大にレロレロしてくれるのが、個人的にはたいへん嬉しかった)。

 シューマンでもそうだったが、ホレ、この主要動機を浮き上げろ、バランスを知的にいじりまくって、分析的にやってこませ、という姿勢では決してない。それをやってしまうと、音楽がひじょうにお説教臭く、痩せこけてしまうのが、初期ロマン派の特徴でもある。ツェンダーの演奏には、そういった作為的な匂いはまるでない。ひたすら気持ち良く音楽が鳴る。にも関らず、なんとも品が良く、落ち着き払ったスタイル。
 もしかしたら、何のチカラも入れずに、作品に真っ正面に向かったら、あら不思議、音楽の構造やこの作品ならではの魅力がじんわりとあぶり出される、というのがツェンダーの方法論なのかもしれない。いや、これってほとんど魔力。

 物語がないロマン派といえば、レーガー。後期ロマンのどん詰まり、現代音楽の入り口に立ってもおかしくない時代に生まれたにも関らず、レーガーの音楽は、初期ロマン派の香りを決して忘れない。そして、ロマン派の音楽に必要とされた物語性をまったく欠いた不思議な作品ばかり残したのがレーガーなのだ。
 こうした作曲家をツェンダーが得意としないわけがない。後期ロマン派という位置づけでこの作曲家を取り上げる演奏家は少なくないが、ツェンダーはそんな熟女めくるめくレーガーを退ける。ただ、そこに流れるのは、爽やかで、洗練された美しい音楽。
 しかし、改めて聴いてみると、レーガーとはホントにおかしな作曲家だ。シューマンやメンデルスゾーンの叙情性を残したまま、ワーグナーを思わせる予測不可能な展開。しかも、そこには何のドラマトゥルギーもなく、バッハに還れといわんばかりの純音楽志向。うん、このヘンテコさが気持ちいいー。ツェンダーの麗しすぎるレーガーで、夏の夜は更けてゆく。

(すずき あつふみ 売文業) 


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