ウィッグルスワース/マーラー10番
2011年8月2日 (火)
マーラー交響曲第10番(クック完成版)ウィッグルスワース&メルボルン交響楽団
マーク・ウィッグルスワースは、1964年サセックス生まれの英国の指揮者。CDはこれまでショスタコーヴィチやマーラー6番、現代作品などがあり、楽譜の精緻な音化によって高い評価を得ています。
近現代のオーケストラ作品は楽譜の情報量が飛躍的に増大しているため、ウィッグルスワースの常に冷静でコントロールの効いたアプローチは、たとえばショスタコーヴィチの慣れ親しんだ作品から意外な魅力を引き出してくることもしばしばでしたが、今回はマーラーの交響曲第10番全曲版という、楽譜の取り扱いそのものにも注目が集まる作品だけに、ウィッグルスワースの目の詰んだ指揮に期待のかかるところです。
なお、ウィッグルスワースは、この録音の15年前、1993年の11月にクック第3稿第2版 により、ウェールズBBCナショナル管弦楽団を指揮して10番を演奏、雑誌BBC MUSICの付録としてCD化され、良い評判を得ていました。ちなみに演奏時間は今回の方が4分半ほど長くなっており、じっくり掘り下げた演奏になっているのではないかと思われます。
以下、クック版について簡単にまとめておきます。
【BBCによる壮大な計画】
クック版がつくられるきっかけとなったのは、BBCによって企画されたマーラー生誕100周年記念行事の一環として、交響曲第10番を完成した姿で世に紹介しようという計画でした。
この計画のため、BBCは1959年に音楽学者のデリック・クック[1919-1976]に補筆完成作業を依頼し、クックはこれを受諾、翌年の放送初演に間に合わせるべく作業に取り掛かり、12月19日、ピアノとオーケストラを交えたクック自身による解説の後に、補筆完成の協力者でもあるベルトルト・ゴルトシュミット指揮フィルハーモニア管弦楽団による演奏で全曲が放送されています。
【アルマ・マーラーの怒り】
ところがこの補筆完成に関わっていなかったアルマは、自身の知らぬヴァージョンが放送されたことで怒り、このクック版による演奏を禁止してしまいます。背景には、アルマがシェーンベルクに完成を依頼して断られたりしていた事情もあるものと思われます。
しかし1963年になると、かつてショスタコーヴィチに完成版を依頼して断られた経験があるジャック・ディーサーらが、アルマのもとを訪れ、くだんのBBC放送録音を実際に聴かせた結果、アルマはそのヴァージョンを気に入り、演奏禁止の解除を決心させることに成功します。
良いことは続くもので、その後、アルマの娘のアンナ・マーラーと、マーラー研究者のアンリ=ルイ・ド・ラ・グランジュによって40ページものスケッチが発見。この楽譜は、ジャック・ディーサーによって、ただちにデリック・クック、クリントン・カーペンター、ジョー・ホイーラーら完成版に取り組む人々に送付され、各ヴァージョンはそれまでの姿に大きな変更を加えることとなるのです。
【クック第2稿の初演】
新発見素材をもとに、第2楽章と第4楽章の欠落部分を補うなどして完成されたのが、クック第2稿で、このヴァージョンは、1964年のプロムスで8月13日に初演されています。これは欠落の無い完成版ということもあって注目を集め、翌年11月にはさっそくユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団によってセッション・レコーディングがおこなわれていました。
【クック第3稿とゴルトシュミット】
ゴルトシュミットについては、十数年前の退廃音楽ブームの際に多くのアルバムがリリースされたことをご記憶の方も多いことでしょう。ユダヤ系ドイツ人作曲家のベルトルト・ゴルトシュミット[1903-1996]は、ナチスによる迫害を逃れてイギリスに亡命、BBCに勤務していたという人物で、当初からクックの作業に助言を与えており、クックが57歳で急死した後も、クック版の推敲に尽力し、1989年には第3稿第2版を刊行していました。(HMV)
【収録情報】
・マーラー:交響曲第10番(デリック・クック完成版)[77:49]
I. Andante - Adagio [24:35]
II. Scherzo [11:35]
III. Purgatorio [04:25]
IV. Scherzo. Nicht zu schnell [12:15]
V. Finale. Langsam, schwer [24:59]
メルボルン交響楽団
マーク・ウィッグルスワース(指揮)
録音時期:2008年11月11-15日
録音場所:メルボルン、アーツ・センター、ハマー・ホール
録音方式:デジタル(ライヴ)
【交響曲第10番全曲版】
以前は第1楽章のアダージョのみの録音が多かったマーラーの交響曲第10番は、ここ数年全曲版の録音が相次いで登場し、多くの謎と未解決の問題を孕むこの未完の大作が広く一般に聴かれるようになってきました。特にサイモン・ラトルがベルリン・フィルを指揮した録音の登場は、この作品が他のマーラーの交響曲と同様に、レパートリーとしての不動の地位を確立したことを強く印象づける画期的な出来事と言えるものでした。
最も代表的なデリック・クック[1919〜76]による補筆完成版の他に、カーペンター版やマゼッティ版、ホイーラー版など、マーラーが残したスケッチや資料に基づく独自の分析と研究、それに豊かな想像力を加えた様々なヴァージョンが数多く存在するのもこの作品の特徴であり、ファンにとってはますます興味の尽きない状況となっています。
マーラーが交響曲第10番に本格的に着手したのは1910年夏のことで、その年のうちに作品の骨格にあたる全5楽章の略式総譜を書き上げ、第1楽章全体と第2楽章、および第3楽章の一部はスケッチの形でオーケストレーションも施されました。 この年の7月から9月にかけてのマーラーの身辺は波乱に満ちたもので、第10番の作曲に取り掛かった直後の7月に愛妻アルマの不倫が発覚し結婚生活最大の危機を迎え、マーラーは精神的に不安定な状態に陥り、そのため8月末には精神分析の創始者として有名なフロイトを訪ねて診察を受けています。
また9月にはミュンヘンで交響曲第8番『千人の交響曲』の初演を指揮し、作曲家マーラーとして空前絶後の大成功を収めますが、これが最後の自作の初演となりました。
1911年5月18日にマーラーはこの世を去り、第10番は未完成のまま残されました。その後多くの作曲家や研究者たちの手によって紆余曲折を経ながら、この作品の補筆完成の試みが続けられ現在に至っているわけですが、最初の録音はウィン・モリス指揮ニュー・フィルハーモニア管弦楽団によって、デリック・クックの「最終改訂版」である第3稿の第1版を用いておこなわれています(この版は彼らによって1972年10月に初演が行われています)。
クック版第3稿は1976年に第1版が出版され、同年クックも亡くなっているので「最終改訂版」と言われていますが、1989年には、クックと共同作業を進めていたゴルトシュミットとマシューズ兄弟がさらに改訂を加えた第3稿第2版が出版されています。ラトル&BPO盤はこの第3稿第2版によっています。ちなみに第2稿にはオーマンディのセッション録音などがありますが、第1稿は完全な全曲ヴァージョンではないということもあってか録音がなかったものの、BBCの初演放送が登場することとなりました。
いくつかある全曲ヴァージョンの中で、一般的なのは、クック版第3稿第1版=COOKEUの演奏で、録音もモリス、ザンデルリング、レヴァイン、ラトル&ボーンマス響、シャイー、ギーレンなどがありますが、独自の改訂を加えたものが多いのも特徴です。
【クック版第1稿】
【クック版第2稿(COOKET)】
【クック版第3稿第1版(COOKEU)】
【クック版第3稿第2版(COOKEV)】
【バルシャイ版】
【カーペンター版】
【マゼッティ版第1稿】
【マゼッティ版第2稿】
【ホイーラー版】
【サマーレ&マッツーカ版】
【ピアノ版(スティーヴンソン&ホワイト編)】
【1910】
【1911】
【1924】
【1935】
【1942】
【1946】
【1951】
【1952】
【1953】
【1954】
【1955】
【1957】
【1959】
【1960】
【1963】
【1964】
【1965】
21:35+11:13+03:40+11:32+21:22=69:22
【1966】
20:55+10:00+03:57+10:41+20:29=66:02
【1966】
【1972】
21:52+12:15+04:23+13:20+27:52=79:42
【1974】
【1975】
21:00+10:21+03:55+09:57+20:22=65:35
【1976】
【1979】
23:30+13:15+04:05+11:20+22:08=74:18
【1980】
24:38+11:50+04:12+12:37+28:30=81:47
23:53+11:26+04:03+11:54+24:07=75:23
【1983】
【1983】
【1986】
20:48+11:49+04:22+11:26+25:04=73:29
【1989】
【1989】
【1992】
22:50+11:04+03:58+11:04+21:53=70:49
【1993】
22:24+11:27+04:08+11:26+23:56=73:21
【1994】
24:28+11:38+03:48+11:06+24:02=75:02
【1995】
【1996】
【1997】
【1999】
25:03+11:16+03:53+12:04+24:34=76:50
【2000】
【2001】
【2002】
26:15+12:03+04:30+12:15+23:53=78:56
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