ご近所パワーが命を守る…「自主防災組織」がフル回転、50世帯中35世帯が床上浸水しても1人も犠牲出さず 熊本・人吉

 2023/06/05 08:05
2020年7月4日の豪雨で浸水した高さを示す白石忠志町内会長=熊本県人吉市上新町
2020年7月4日の豪雨で浸水した高さを示す白石忠志町内会長=熊本県人吉市上新町
 身近な住民で支え合う「自主防災組織」は、災害時の共助の要となることが期待される。住民同士で声をかけ合い、早期避難により命が救われた例は少なくない。本格的な出水期を前に自主防災組織の役割を再確認し、現状と課題を検証する。

 2020年7月4日、熊本県南部に局地的な激しい雨を長時間もたらす線状降水帯ができ、球磨川では大規模な氾濫が発生した。

 人吉市上新町の町内会長(当時)の宮田正信さん(79)は、球磨川へ流れ込む排水路を未明から監視し、水位上昇が尋常でないと感じていた。午前6時に町内会役員を集め、自主避難を決断した。

 役員5人で手分けし全戸約50世帯に避難を呼びかけて回った。隣町の高台に位置する寺を自主避難所に決めていた。

 「自分の家は大丈夫」と残ろうとする住民もいたが根気強く声をかけた。体の不自由な高齢者は車で送った。別の場所に避難していた1人を除き、避難所で全員の安否を確認した。

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 自主防災組織を担う町内会で定めた地区防災計画に基づく行動だった。「耳が聞こえにくい1人暮らしのお年寄りに避難を伝えるのが大変だった」と宮田さんは振り返る。早期避難が奏功し町内35戸が床上浸水したが、犠牲者は出さなかった。被災した多くの家庭で台所が使えず、町内会で炊き出しを3週間続けた。復旧に向けた動きでも共助は支えになった。

 中流に位置する人吉では東京ドーム110個分となる約518ヘクタール、4681戸が浸水し、未曽有の被害につながった。球磨川流域の氾濫による犠牲者は50人と推測され、人吉では20人が犠牲となった。

 自主防災組織は町内会や自治会を中心とする任意団体。防災知識の普及や災害危険箇所の把握、災害時の情報収集伝達、防災訓練の実施などに取り組む。多くの家屋が倒壊した1995(平成7)年の阪神大震災では、助け出された人の多くが近隣住民によるもので自主防災組織の存在が注目されるようになった。

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 宮田さんも阪神大震災を機に自主防災組織の重要性を強く意識した。町内会では廃品回収を年4回実施し、防災備品の購入や餅つき大会の費用に充てる。12月の餅つきは炊き出し訓練も兼ねている。

 日頃からの活動は顔の見える関係を一層根付かせる。宮田さんは「共助でなければ災害は乗り越えられない」と確信している。

 人吉市は5月28日、市民自らが行動を確認する日として自主避難訓練を行った。上新町では地震を想定した訓練に27世帯56人が参加。梅雨入りを前に避難所への安全な経路を改めて確認した。防災士で災害ボランティア団体トップも務める現在の町内会長、白石忠志さん(73)は「町内から1人も犠牲者を出さないことが訓練の目的」と言い切った。

(連載「自主防災組織の今~2023鹿児島」㊤より)