2022年8月2日(火)、カンザス州で中絶の権利を認めるべきか否かを問う、住民投票が始まりました。この投票日の最後の数時間は、さながらストリートファイトでした。なぜならこの件はカンザス州のみならず、アメリカという国全体の今後を大きく左右するであろう重要性から、全米から数百人の運動家が集まったのです。そして、1ブロックごとに分かれ、何十万もの玄関をノックして回っていました。

「ロー対ウェイド裁判」とは?

本題を話す前に、このところ引き合いに出される「Roe v. Wade(ロー対ウェイド裁判、もしくがロー対ウェイド事件)」について振り返ってみましょう。これは1973年1月22日に、妊娠を継続するか否かに関する女性の決定はプライバシー権に含まれるとし、「アメリカ合衆国憲法修正第14条が女性の堕胎の権利を保障している」との判断が初めて明示され、「人工妊娠中絶を規制するアメリカ国内法を違憲無効」とした一連の裁判を指すもの。この判決は、1973年1月22日にアメリカ合衆国最高裁判所によって下され、「ロー判決」とも言われています。

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H. Armstrong Roberts/ClassicStock//Getty Images
1970年代初め、ニューヨークで「中絶賛成」のデモを行う女性たち。

ちなみにこの裁判は、妊娠中であった未婚女性ノーマ・マコービーおよび中絶手術を行い逮捕された医師などが原告となって、「母体の生命を保護するために必要な場合を除き妊娠中絶手術を禁止したテキサス州法が違憲である」と、1970年3月テキサス州ダラス郡の地方検事ヘンリー・ウェイドを相手に訴えた訴訟(そこでの原告名は、身元を秘匿するため「ジェーン・ロー」としました)に始まります。そして原告らは、「州法の規定は不明確であり、また憲法上保障されている女性の中絶の権利を侵害している」と主張。そこでテキサス州北部地区連邦地方裁判所では、ローらの訴えを認めるのですが…法律の執行差止めの請求は棄却します。次に原告・被告ともに上訴し、合衆国最高裁はその上訴請求を認めます。

1971年12月には、最初の口頭弁論が開かれるも再審理が求められることに。そして1972年10月に、2回目の口頭弁論が開かれます。そういった過程をたどって1973年1月22日、ついに連邦最高裁判所は7対2で、「(妊娠中絶を原則禁止とする)テキサス州の中絶法を違憲とする」判決を下します。これを「Roe v. Wade(ロー対ウェイド裁判、もしくがロー対ウェイド事件)」と言っているというわけです。

画期的な判決後も、この「中絶論争」は続いていた…

これは、それまで人工妊娠中絶に対して厳しい法規制をしいていたアメリカにおいて、条件つきながらも人工妊娠中絶を初めて認めた画期的な判決でした。しかしながら人工妊娠中絶に関しては、その是非や中絶の条件に関してその後も幾度となく法廷で争われてきたのです。そして、いずれも国民の意見の一致にはいたらず…。いわゆる「中絶論争」として中絶賛成派(プロ・チョイス)と反対派(プロ・ライフ)論争が繰り広げられてきたのでした。

最高裁は堕胎禁止を違憲とした「ロー対ウェイド裁判」…女性が産むか産まないかを自分で決定できる時代に変えたこの判決は、何十年にもわたる保守派と宗教右派による戦略の集大成でした。ですが、それは全米の州ごとに今後繰り広げられる争いの始まりにしかすぎなかった…とも言えます。

「胎児の命優先」を掲げ、女性の身体の自己決定権を攻撃するカンザス州での戦いの結果は、この新しい時代の最初の試金石であることを2022年8月1日付の「POLITICO」は伝えています。

というものカンザス州は、ドナルド・トランプ前大統領が大統領選で2度にわたって圧勝した完全なる保守派の共和党優勢の州なのです。が、中絶権の問題に関しては意見が二分します。中絶反対派の人たちは投票日まで残り3日の時点で、中絶権支持者の説得ではなく、投票率に重点を置いていたようです。

カンザス州は強固な赤の州(保守派=共和党支持)ですが、これまで青(リベラル=民主党)の知事もいました。現在のローラ・ケリー知事もそうです。調査会社co/efficientが最近行った世論調査(pdf)では、修正案に賛成すると答えた人が47%、反対すると答えた人が43%(10%は未定)と見事に二分するという結果でした。

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Anadolu Agency//Getty Images
中絶権支持派の立て看板。2022年8月2日撮影

周辺州の住民女性にとっても、投票結果は文字通り“死活問題”

同年8月2日(火)投票の目的、条項修正案「Value Them Both」は中絶を禁止するものではありませんが、立法府がそれを行うための道を開くものです。中絶は現在、(クリニックや患者、特に処置を求める未成年者にはいくつかの制約があるものの)カンザス州内では妊娠22週まで合法としています。

さらに州最高裁判所は2019年に、身体の自律性に関する州憲法の文言は中絶の権利にも及ぶとの判決を下しており、中絶反対勢力にとって今回の投票は「中絶手術をほぼ全面的に禁止している周囲の赤い州の仲間に加わることがでるか否か」がかかっているのです。 

カンザス州はこの地域で、中絶が合法な唯一の州の一つであり、特にテキサス、ミズーリ、オクラホマなど、ほぼ全面的に禁止されている州からの患者が集まっています。カンザス州の医療従事者は「POLITICO」に対し、「州外からの患者の流入により待ち時間が数週間増加し、中絶提供者に対する暴力の歴史がある同州では需要に応えるために医師を増やすことが困難である」と語っています。

そのようなわけで、「カンザス州でも中絶手術が受けられなくなれば、患者はさらに遠くまで行かなければならなくなり、中絶をする余裕のない人たちには手が届かなくなる」と、同州の医師たちは懸念しています。

カンザス州司法長官選挙に立候補した民主党のクリス・マン氏は、8月1日(月)「POLITICO」の同記事で次のように語っています。

「レイプ被害者を起訴したり、その被害者に加害者の子どもを身ごもるように頼むなんて想像できません。また虐待の被害者に、加害者の子どもを身ごもるようにも頼むなんて…。でも、この修正案が通れば、そういう底知れぬこと恐ろしいことが起こる可能性は十分にあるのです」