サル痘の流行に伴い、ワクチンの供給量の限界が差し迫るアメリカ。再び感染症の危機に見舞われた米国では対策について対応がとられているのと同時に、80年代のエイズ禍の教訓に習って別の脅威について警告を発しています。その警告は、世界保健機関(WHO)が2022年8月最初の週末にサル痘を公衆衛生上の緊急事態と宣言した際、発した警告と同じもの。正しく知ることで正しく恐れる。そののために必要な要素を見ていきましょう。

サル痘流行で再注目される“スティグマ”の脅威

WHOのテドロス事務局長は、「スティグマ(※)と差別はあらゆるウイルスと同じくらい危険です」と述べています。

実際、緊急事態宣言を出すかどうかを以前に検討したWHO緊急委員会では、ウイルスによって最も大きな打撃を受けたコミュニティに対する疎外、差別のリスクに対する懸念から、一部で合意に達することができなかったと言います。
  
※日本でも感染症と「スティグマ」に関しては国立成育医療研究センターが子どもにも理解できるようこちらで詳しく解説(pdf)しています


世界的なサル痘の流行は、ほとんどが他の男性とセックスをする男性に影響を及ぼしているようです。マサチューセッツ内科外科学会によって発行される『New England Journal of Medicine』誌のウェブ版にも掲載されている研究によると、十数カ国で4月から6月にかけてこのウイルスと診断された人の98%がゲイまたはバイセクシュアル男性であり、WHOは米国での事例の99%は男性同士の性的接触に関連していると発表しています。

この発表は、公衆衛生システムが最もリスクの高い特定のコミュニティに的を絞ってメッセージや介入を行えることを意味します。ですが、こういった特定の集団にリスクが高いことを伝えることは、そのような人々に差別や偏見をもたらすだけではありません。ゲイまたはバイセクシュアル男性のコミュニティ以外にも、感染リスクが潜在的に高いであろう他のコミュニティの人々に対して、「自分は感染しないから安心だ」という誤解を与えてしまう危険性もはらんでいるのです。

2022年7月30日付「The Washington Post」紙は、「公衆衛生の専門家によると、サル痘の感染経路は皮膚と皮膚の接触や衣類やタオルなど、汚染されたものとの接触を通して広がる可能性があるため、誰にでも感染の可能性は否定できないものだ」と強調しています。またこのウイルスは、世代を超えて誰にでも感染する可能性があるようです。例えば、米国ではすでに子どもの感染例が2つ記録されていると同紙や医療サイト「Webmed」が報道しています。 

サル痘が同性愛嫌悪に悪用されないようホワイトハウスが呼びかけ

カメルーンの医師でありHIV 研究の専門家でもあるボグマ・ティタンジ(Boghuma Titanji)博士は、アメリカの公共ラジオ放送局「NPR」の取材に対して「すでに特定のグループの人々に、クラスターが起こっているように見えるかもしれません。ですが、ウイルス自体は人種・宗教・性的指向によって感染先を意識的に決定するわけではないのです」と語っています。

「サル痘に感染する可能性の高い人々に対して、その人々を侮辱することなくサル痘に関する情報を共有するには、一体どうしたらよいのだろうか?」という課題について、現在ホワイトハウスのコロナウイルス対応コーディネーターを務めるアシッシュ・ジャー(Ashish Jha)博士が7月25日(月)に行われたホワイトハウスのブリーフィング(記者会見)で発表しています。

このブリーフィングの前半は、7月30日(土)に新型コロナウイルスの検査で再び陽性になったバイデン米大統領に関して、「リバウンド」陽性で無症状のため、治療は体調は良好だが、隔離して執務を続けていると近況を報告したのち、現状の新型コロナウイルスの現状における政府の対策方針を発表しています。そして続いて、サル痘に対しての対策を邁進していることを告げるジャー博士は、記者からの新たな質問に対してこう答えています。

ちなみにその質問とは、「サル痘に話は戻りますが、HIV の流行時に見られたように、同性愛嫌悪やトランスフォビア(トランスジェンダー嫌悪的意見)を永続させる可能性のあるメッセージや言語に対して、政府はどのような対応をとっているのかをお教えください」というものです。

「現時点で、最も影響を受けるコミュニティがLGBTQコミュニティであることは非常に明確だと思います。今後はさらに情報を共有し、より多くのことを学び、誰もが科学的に正確かつ敬意のある方法でコミュニケーションを取ることを確認していきたいと思います…こうした発表を、同性愛嫌悪やトランスフォビック(トランスジェンダー嫌悪的)なメッセージを広めるために利用しないことが重要となります。そして私たちが科学、そしてエビデンスに基づいた上で、なおかつ人々を分け隔てなく尊重しながら進めていくことがとても重要だと思っています」

ノースウェスタン大学メディル・ジャーナリズム校の教授であり、『The Viral Underclass』の著者でもあるスティーブン・スラッシャー(Steven Thrasher)氏は、「解決策の一つは検査、ワクチン接種、診断された場合のサポートに十分なリソースを用意すること…もうひとつは、同性愛嫌悪そのものに取り組むことです…同性愛嫌悪の社会があり、人々が名乗り出ることの意味を恐れ、このことで自分がゲイだと思われることを恐れている限り、名乗り出ようとは思わないでしょうから」と、スラッシャー氏は先月「NPR」に語っています。

「そして、それを簡単に解決することはできません。これは長期的な問題で、元に戻すには長期的な思考が必要なのです」とも言います。

「ワクチンが足りない」供給に問題を抱えるアメリカ

The Washington Post」紙2022年7月30日の記事で、ワクチンに関する政府側の具体的な見解も発表しています。そこには、「連邦政府当局は今週、数十万人分のサル痘ワクチンが追加で到着した」と発表し、国の疫病対策における画期的な出来事であると喧伝(けんでん)しました。ですが米国は、患者が増え続ける可能性のある重要な3カ月間に入っていますが、「その後は早くとも10月までは、これ以上のワクチンは到着する予定はない」ともつづられています。

これはxの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。

最近の出荷においても、当局が最もリスクが高いとみなし、予防接種を受けるように促されている推定160万人のゲイおよびバイセクシュアルの男性の約3分の1をカバーする2回接種分の「ジンネオス(Jynneos)」ワクチン(第3世代天然痘ワクチンがないそうです。

また、米国での感染者数は毎週倍増しており、一部の健康専門家には、「ワクチンの投与量が不足すると、拡大するアウトブレイクを抑え込み、ウイルスが恒久的に定着するのを防ぐべき国の能力が脅かされる可能性がある」と警鐘を鳴らす者もいるとも「The Washington Post」紙の同記事は伝えています。

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VIEW press//Getty Images
ニューヨークのサル痘ワクチン接種受付会場。2022年7月29日撮影

さらにバイデン政権幹部は、「より多くの投与量を確保するために働いている」と述べ、「1100万人分の潜在的なワクチン投与量のための原料を獲得した」との報告もしていますが、戦略的準備・対応局を監督するドーン・オコネル(Dawn O'Connell)次官補は7月28日(木)、「次に何が起こるか分からないので、より大きな集団への拡散に備える必要がある」と述べる中、当局は「これらの原材料をワクチンに変えるための製造パートナーを見つけるには、数カ月かかるかもしれない」とも述べているのです。

さらに米国感染症学会の公共政策・政府関係担当上級副社長であるアマンダ・ジェゼック(Amanda Jezek)氏は、「先のワクチン予約の多くが不釣り合いに裕福な人々に“食い尽くされた”ため、地元の公衆衛生クリニックも“十分なサービスを受けていない人々”を対象に取り組んでいる」と述べています。 

demonstration held in nyc calling on more government action to combat spread of monkeypox
Jeenah Moon//Getty Images
ワクチン不足を訴えるNYのデモの様子。2022年7月22日撮影。

さらにバイデン政権にコロナウイルスについて助言し、サル痘に関するホワイトハウスのブリーフィングに出席した生物倫理学者エゼキエル・エマニュエル(Ezekiel Emanuel)氏は、特に他の国々がサル痘ワクチンの「ジンネオス」買い占めに動いている中で、保健当局が発生初期に「ジンネオス」を追加注文しなかったことを非難しています。

また、「誰が交渉していたのか知らないが、デンマークに本社を置くバイエルン・ノルディック社からの次の50万人分の『ジンネオス』の出荷は世界的に需要が大きいため、10月末まで見込めない」と、匿名を条件に2人の政府関係者が「Washington Post」紙の同記事に記されていました。

さらにバイエルン・ノルディック社の広報担当者は電子メールで、「米国が6月に発注した50万回分の追加投与は、今年中に届けられる見通しだ」という解答もつづられています。また、「時期や他の国に対する、同社の約束に関する具体的な質問には答えられない」ということでした。

サル痘とは? そしてそのリスクとは? どう考え、どう行動すべきか? 

サル痘ウイルスは、天然痘に似ているアフリカの風土病です。が、感染した場合の生存率は99%…。以前、アフリカ大陸以外で見つかったほぼすべての症例は、海外旅行や輸入動物に関連したものでした。感染者を支援する非営利組織「ゲイ・メンズ・ヘルス・クライシス(GMHC=Gay Men’sHealth Crisis)」の副代表であるジェイソン・シアンチオット(Jason Cianciotto)氏は「NPR」の取材に対し、「今と違うのは、人と人との親密な接触によって広がることです」と言いいます。「ですが、必ずしも性的である必要はありません…抱擁、マッサージ、膿疱に接触した寝具やタオルの共有。例え完全に服を着ていても、ダンスフロアや誰かの近くで踊っていれば、感染の可能性はあります」と言います。

サル痘の発生は回避可能であるにも関わらず、警告のサインは無視されたとUCLAの疫学教授であるアン・リモワン(Anne Rimoin)博士は「NPR」で述べています。

「よりリスクの高いグループに属さない人々も、危険にさらされていることを忘れてはなりません。私たちはサル痘のエピデミック(疫病などで明らかに正常な数値を超えた症例が地域や社会で発生していること)に対して懸念する必要があり、パニックではなく、配慮して、この感染が広がり続けることを十分に防ぐようにしなければなりません」と言います。そして、「患者の特定、患者の治療、身近な人へのワクチン接種、感染拡大の抑制には、公衆衛生データが重要な役割を果たす」と付け加えています。

シアンチオット氏はさらにこう言います。

「サル痘の流行が制御されないままだと、HIVやCOVID-19が移民、特に医療を受けることを恐れている不法滞在者に集中している低所得者層のコミュニティにも集中してしまうのではないか?と、私は本当に心配しています。そして、それは悲劇です」

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Smith Collection/Gado//Getty Images
サル痘ウィルス。CDC提供

スティグマ(偏見)が危険な理由とその対策

前出のティタンジ博士は、「公衆衛生メッセージで、サル痘は男性とセックスをする男性以外には関係ない問題であると誤解させるのは危険である」と同「NPR」に語っています。「そうすることで偏見が生まれ、感染者が自ら名乗ることを躊躇し、治療を受けたることも身近な人に知らせたることもしない可能性が浮上します」と言います。

「私たちはアウトブレイクを抑制しようとしているときに望むもの...それは、 人々が疑わしい病変を見たときに医療を求めることであり、彼らは診断を受けることができ、彼らが必要とする治療を提供することです」と、彼女は言います。

そして、「多くの人は(生活の質を改善するために行われる)支持療法、水分補給、隔離で回復する傾向があるので、治療のために入院する必要はないでしょう」と彼女は言います(CDC=米国疾病対策予防センターは、「99%以上の患者が生存できる」と述べていますが、研究者の中にはサル痘が変異して、より危険なものになることを心配している人もいます)。

また、「スティグマに対して早期対処しておかないと、公衆衛生上の緊急事態に注意を払わない他の人々にも自分は大丈夫という偽の感覚を与えてしまう」と、ティタンジ氏は付け加えます。さらに「公衆衛生担当者は早期に行動し、明確であるだけでなく、公衆の信頼を得ることができるメッセージを提供することが重要です…そのためには、事実に忠実であること、未知の事実を認識すること、そして科学の進歩に伴って情報が変化する可能性があることを明確にすることが必要です」と彼女は言います。

加えて前出の「GMHC」副代表であるシアンチオット氏は、「リスクの高いグループに伝えたい情報は主に3つある」と言います。

「1つ目は、注意はしても決して慌てないこと。2つ目は、インフルエンザのような症状が出たり発疹が出始めたら、医療機関を受診し、家にいること。そして3つ目は、とにかくお互いを思いやることです。COVID-19のときと同じように、知ること、理解することが大切です。体調が悪いときは外出せずに必要な助けを得て、互いに配慮し、教育し合うことが重要です」

過去のHIV/AIDSへの対応から学べること 

公衆衛生の専門家や支援者たちは、1980年代から1990年代にかけてのHIV/AIDSの危機を、「やってはいけないこと」の例として振り返っています。

「HIVの最初の感染者がゲイの男性であったことから、HIVはすぐに、そして不正確に“ゲイの病気”というレッテルを貼られました」と、ティタンジ博士は説明します。

スティグマと非難によって、多くの人々が羞恥(しゅうち)の中に身を隠し、LGBTQ+コミュニティに痛みや苦しみをもたらしました。そのことはまた、「流行が始まった当初に、公衆衛生当局が適切な資源を投入して対処しなかったこと」を意味するのです。

「今にして思えば、HIV対策の初期に存在したスティグマの影響は根深く、私たちはその後何年もの間、反スティグマ化の活動に努力してきました」とティタンジ氏は言いながら、現在におけるサル痘発生との類似点を指摘します。

「HIVを撲滅することはできませんし、サル痘もその蔓延を抑えることもできないでしょう。なので自分自身のために、さらに地域社会のためにも、健全な選択をするためにも必要な情報を提供し、自己愛と寛容をもってその決断に臨んでください。そのひとつひとつの積み重ねが、サル痘のスティグマ化防止のための驚くほど大きな足掛かりになるでしょう」