世界のどこかで甚大な自然災害が起これば、すぐさま被災地に駆けつけ、「社会的弱者の生活環境の改善も建築家の役割」と、家を無くした人々のために支援活動を行う建築家がいます。それが建築家、坂 茂(ばんしげる)さんです。

建築界のノーベル賞とも言われるプリツカー賞、2022年6月にはスペインのアストゥリアス皇太子賞など、世界的な名誉ある多くの賞を受賞。しかし、ご本人はそんな大建築家である素振りは微塵もなく、自ら率先して被災地で指揮をとります。そして今でも携わるすべての建築において、細部まで自らデザインしています。

今年7月1日、初夏の緑美しい軽井沢に完成した坂 茂さん設計の「ししいわハウスNo.2」も、ご多聞に漏れず…。椅子やテーブル、照明などの家具から、ドアの取っ手、ベッドのヘッドボードなどの細部まですべてを自らがデザイン。家具、小物など内装に関しては他社に任せるという建築家が多い中、ここまで自らが手掛けるという建築家はまさに稀有な存在です。東京、パリ、ニューヨークを拠点に多忙を極める坂さんに、今回インタビューがかないました。

今回は、ししいわハウスNo.2 の記事Part1に続いて、ししいわハウス全体の設計のこだわりのポイントについてうかがいました。 

Esquire(以後、E)軽井沢という昔からのリゾート地に、今回なぜししいわハウスの設計の仕事を受けようと思われたのでしょうか?

坂 茂さん(以後、坂)施主であるフェイ・ホアンさんの考え方に、「共有できるものがある」と思ったからです。軽井沢という場所についても関係はありません。いい建築をつくるのに場所は関係ないですから…。

Eそれでは、フェイさんのどういうところに共感されたのでしょうか?

坂:まずは「なぜ僕を選んだのか?」、この質問はどの施主にもうかがいます。いろんな建築家の中から僕を選んでくれた考え方が、とても理解できたからです。僕がつくる建築に対する価値観を、きちんと理解してくれていたからです。

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ししいわハウスNo.1

E最初に施主からお願いされたときに、土地から受けるインスピレーションなどはありましたか?

坂:ししいわハウスNo.1は、もともと敷地にいい木がたくさん残っていたので、それをいかに切らずに建物を建てるか? ということがテーマになりました。土地から建築が生まれたわけです。ししいわハウスNo.2の方は、シンプルな長方形の土地でとくにインスピレーションはありませんでした。土地の西側に大きな車道があったので、建物に沿って斜路をつくり、道路と建物の間にワンクッション置くことで動線が生まれバリアにもなりました。

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Sachiko Suzuki


E:「ししいわハウスNo.2の敷地内に植樹を300本した」ということですが、その木は坂さんが選ばれたのでしょうか?

坂:いいえ。これはランドスケープ専門家にお願いしました。僕は構造だけで、加えたのはランドスケープのみ。今回は植木屋にお願いして、この地域に合う樹木をお願いしました。ホテル敷地と道路が近いので、それを少しでも和らげるために植樹(造園)は重要でした。

E:ししいわハウスで、一番こだわられたところを教えてください。

坂:こだわりに一番とか二番とかはないのですけどね(笑)。ししいわハウスNo.1で言えば、元の木を切らないでいかに建物を挿入するかにこだわりました。

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ししいわハウスNo.1は木を避けるように建設された。

ししいわハウスNo.2は、インスピレーションを受ける土地ではなかったので…。それに、条件はししいわハウスNo.1以上に厳しかったですね。部屋数そして部屋の面積も狭いし、予算もより少なかったので、それを守りつつ、いかに豊かな空間、豊かなパブリック空間をつくるかがテーマとなりました。

客室は最小限の大きさながら、小さくてもいかに気持ちいい個室をつくるかを大切にしました。ししいわハウスNo.1はもともとオーナーの別荘として買った土地が思った以上に大きかったので、親戚が集まれるような特殊な形になりました。メインのグランドサロンがあり、3つの家族が泊れる部屋もあり親戚も泊れる。それを後から、宿泊者向けに貸すことにしたというわけです。

EししいわハウスNo.2に宿泊してみて、坂さんが設計された宿の居心地の良さを心から実感しました。普通のホテルにあるような、テレビもミニバーもないですが、まったく不自由はなかったです。

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Sachiko Suzuki
20㎡のコンパクトな客室。
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Sachiko Suzuki

坂:「客室内にテレビを置きたくない」というのは、僕の気持ちでしたし、まあ、どういう設備を配するかはオーナーが決めることですので、必要なら設置します。空調もありますが、機械的なものを部屋に露出するのが嫌いなので、テレビを入れる場合も空調も木材などに隠して取り付けています。ああいうものが出た途端に、空間がダメになってしまいますから…。空調はもちろん、スイッチも目立たないように。人工的な物はなるべく目立たないように考えています。なぜなら、そのほうが居心地が良いと感じるという考えからです。

ししいわハウスNo.1ができた後、「ししいわハウスNo.2はもっと部屋数を増やしたい、シンプルで経済的、カジュアルなイメージで設計してほしい」とお願いされました。 必ずしも「高い素材を使えば良いものができる」ということではなく、ローコストでも美しいものはつくれますし…。ししいわハウスNo.2では空間の面白さ、美しさ、心地良さをより大切に考えています。

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20㎡の部屋にも坂さんが家具ひとつひとつをスケッチ。 
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スケッチ通りに作られた紙管で支えられているベッド。


E2年半のコロナ禍を経て、今後どのようなホテル、環境づくりが必要だと思いますか?

坂:コロナ禍、ということは気にしてはいません。ただ今回、いいホテルや旅館はコロナ禍であってもお客は絶えない、ということが実証されましたよね。そうでないところは淘汰された。インバウンドの客が来なくても、良いホテルや旅館はなかなか予約が取れない。それは、「高級なホテルかどうか?」だけの問題ではないと思っています。

E良いホテルの条件はありますか?

坂:やはり、居心地の良さでしょう。昔ながらの、団体ツアーでいくような、コンクリートのビルでつくられたホテルには行かなくなりましたね。

最近、淡路島でつくったホテルは小さい部屋は5平米くらいしかなく、折りたたみベッドがあるだけです。それでも今は予約が取れないほど人気です。割といい値段するんですけどね…。ですから、今求めらているのは部屋の広さという訳でもない。

僕は設計は人に任せず、細部にわたって自らやっています。事務所がだんだん大きくなると、部下のスタッフに任せるところが多いですが、自分の目が行き届くようにしています。そうしないとクオリティが下がります。照明から家具、取っ手まで自分で設計しますので。そして、自分が手掛けたものは全部発表します。僕は、「発表できるものしかつくらない」と考えています。

目の前に家のない人が
いたら
助けるのは当然です

E社会貢献活動は、坂さんのライフワークであると思いますが、ウクライナ侵攻後、具体的にどのような活動をされていますか?

坂:今年3月の第1週目から、ウクライナ周辺国に逃げてくる避難民の人向けに、これまで震災・津波時に使っていた避難所の間仕切りをつくっています。ポーランド、スロバキア、パリ。ウクライナのリビゥにも、つくったものを向こうの建築家に現場で説明してもらっています。

戦争はまだ終わりませんが、今、第二段を準備しています。戦後の復興住宅をローコストでつくろうというプランです。自然災害でもそうですが、復興時は建設業者は大忙しになって建設資材も値上がりするので、特殊な技術を持っていない人でもつくれるローコストの住宅(集合住宅)を計画しています。

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© Ľubica Šimkovicovát
スロヴァキアの避難所。
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©Nicolas Grosmond
パリで使用された紙管。


すでに、日本でつくったプロトタイプも現地で活用します。今年9月に3度目のポーランド&ウクライナに行きますが、それに合わせて、地元の仲間にプロトタイプを9月までにはつくってもらおうと思っています。その後、いかにウクライナでプロトタイプをつくるかを、今地元の人と話し合っている最中です。

Eその材料は、どのように調達されているのでしょうか?

資材はすべて、ウクライナで入手できるものでつくります。それと、新しい雇用を生むようにしたいのです。プレハブ住宅をつくることもひとつの雇用となりますので。建設業者に頼まなくてもできるものです。

問題は次です。これから沖縄、九州に台湾の人が避難してくるでしょうから、それをいかに敏速にポーランドのように気持ちよく日本が受け入れるか。今から準備しないと…確実に起こりますからね。やっかいなのは、ウクライナの場合は戦争が終われば自分の国に戻れますが、台湾の人は戻れない。香港で起きたことを知っているので。日本人も、難民を受け入れる準備をしなくてはいけない。

E先の先を読まれているのですね。

坂:いや、当然ですよ。

E坂さんの最終的な目標、ゴールは何でしょうか?

坂:そんなものはないですよ(笑)。特別なことをしているわけではありません。医者は目の前に怪我人がいれば、敵であろうが味方であろうが治療をするでしょう? 当たり前のことです。

同じく、建築家が目の前に住関係で困っている人がいたら、それを改善するのが当たり前。それを頼まれもしないのにこちらから出向いてやっているのが、自分というだけです(笑)。

Eそのように動かれるようになったのは、何かきっかけがあったのでしょうか?

坂:いいえ。実績がない人に自治体は最初から頼みませんからね(笑)。最初、われわれが仕事を受けるクラインアントは特権階級で、政治力や権力、財力を持っている人たちでした。そういう人たちだけの仕事をやっているのが建築家として、だんだんなんだか虚しい、と思うようになってきたのです。もう少し、一般の人たち向けに、家を失った人たちのための仕事ができればと思いました。それは1994年頃、ちょうど仕事を始めて10年くらい、38歳くらいのときですね。

E世のため人のために働きたいということでしょうか。

坂:そんな意識はないです。医者だってそう思って仕事はしないでしょう。ただ、自分の社会的な責任であると思っています。

建築の基本は「屋根」なんですよ。壁は季節や天候によって必要だったりそうでなかったりしますが、屋根さえあれば建築になるので。

E話は変わりますが、世界中を旅されている坂さんですが、どんなホテルがお好きですか?

坂:僕もホテルは大好きです。世界中で旅しているので、いろんなホテルを観てアイディアをもらいます。好きなのはホテルよりオーベルジュです。レストランがあって、小さな部屋があったらちょうどいいですね。

<インタビューを終えて>

“地球の救世主——坂さんのお話をうかがい、そんな言葉が浮かんできました。難民支援も、坂氏が屋根のある場所、避難所用の簡易間仕切りシステムを提供することで、過酷な環境下でも居心地の良さや心の平安が届けられていること。そして世界で今苦しむ人々のために、何か自分たちにできることはないだろうか? という思いに駆られていきました。

「サステナブル? その言葉の意味がよく分からないですね」――そうキッパリ語った坂さん。そりゃ、そうです。1980年代後半から、すでに地球の環境を考えた建築づくりを実践されているわけですから…。ようやく世の中が建築家・坂 茂氏に追いついてきた——坂さんを知る人は、誰もがすでにそう感じているはずです。

軽井沢に誕生した「ししいわハウス」に行くと、そんな坂さんが考える美意識、心地良さとはなにか?が体感できるはずです。

SHISHI-IWA-HOUSE KARUIZAWA No.2
住所/長野県北佐久郡軽井沢町長倉2147-768
1泊2名、朝食付き 4万9280円~

公式サイト

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坂 茂 /1957年東京生まれ。77-80年、南カリフォルニア建築大学(SCI-Arc)在学。84年クーパー・ユニオン建築学部(ニューヨーク)を卒業。82-83年、磯崎新アトリエに勤務。85年、坂茂建築設計を設立。95年から国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)コンサルタント、同時に災害支援活動団体ボランタリー・アーキテクツ・ネットワーク (VAN)設立。主な作品に、「ポンピドー・センター・メス」、「静岡県富士山世界遺産センター」、「大分県立美術館」、「ラ・セーヌ・ミュジカル」、「オメガ・スウォッチ本社」などがある。これまでに、フランス建築アカデミーゴールドメダル(2004)、日本建築学会賞作品部門(2009)、フランス国家功労勲章オフィシエ(2010)、オーギュスト・ペレ賞(2011)、芸術選奨文化部科学大臣賞(2012)、フランス芸術文化勲章コマンドゥール(2014)、プリツカー建築賞(2014)、JIA日本建築大賞(2015)、紫綬褒章(2017)、マザー・テレサ社会正義賞(2017)、 アストゥリアス皇太子賞(2022)など受賞。現在New European Bauhausのhigh-level roundtableメンバー、慶応義塾大学環境情報学部教授。

ウクライナ難民支援プロジェクト