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 米Twitter(ツイッター)の買収騒動で注目を集める起業家のイーロン・マスク氏。日本ではあまり知られていないが、「ループ」と呼ぶ新たな交通システムの実現に向けて、地下トンネルの建設コスト削減や超高速掘進に挑んでいる。コストは従来の10分の1、掘進速度は日本で高速掘進と呼ばれるスピードの数倍から10倍程度が目標だ。マスク氏の構想は土木の素人による夢物語なのか、検証してみよう。

イーロン・マスク氏が設立したトンネル掘削会社の米ボーリングカンパニーが2017年に公開した動画の一部。都市の地下に張り巡らしたトンネル内を、電動のモビリティーが疾走する(資料:The Boring Company)
イーロン・マスク氏が設立したトンネル掘削会社の米ボーリングカンパニーが2017年に公開した動画の一部。都市の地下に張り巡らしたトンネル内を、電動のモビリティーが疾走する(資料:The Boring Company)
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 2022年4月20日、マスク氏に関する興味深いニュースが流れた。同氏が設立したトンネル掘削会社の米The Boring Company(ボーリングカンパニー)が、投資家から6億7500万ドル(約880億円)を調達し、企業評価額が56億7500万ドル(約7400億円)に達したという内容だ。

 渋滞にはイライラする。すぐにでも掘削を始めたい――。渋滞を毛嫌いするマスク氏がボーリングカンパニーを設立したのは17年のこと。同社を通じて世に問うたのは、渋滞はもちろん、天候や地震の影響を受けない地下空間に、トンネルを網の目のように張り巡らす構想だった。

 地下鉄トンネルのように、いくつもの中間駅を設けて乗客を大量輸送するのではなく、出発地点と到着地点をじかにつなぐ小規模なトンネルを数多く建設。電気自動車(EV)を走らせ、目的地まで高速移動できるようにするのが特徴だ。都市部で既存の道路網を3次元化(高架化)するには多大な時間とコストを要するが、地下であれば3次元の交通網を構築しやすいと、ボーリングカンパニーは主張する。交通システムを地下に移すことで、限られた土地を有効活用できるとも提案している。

ボーリングカンパニーが2017年に公開した動画の一部。都市の地下に多くのトンネルを構築する(資料:The Boring Company)
ボーリングカンパニーが2017年に公開した動画の一部。都市の地下に多くのトンネルを構築する(資料:The Boring Company)
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 米ラスベガスで22年1月に開かれたテクノロジー見本市「CES 2022」では、会場の地下に構築した「LVCCループ」に絶え間なくテスラの車両を走らせ、1日に最大1万7000人の来場者を輸送してみせた。LVCCループはトンネル2本と3つの出入り口から成り、長さは計約2.7km。マスク氏の構想のミニチュア試作品といった趣だ。

 会社設立当初は宣伝のためと称して企業ロゴを入れた火炎放射器を販売するなど、冗談とも本気ともつかない動きが目立ったが、構想の実現に向けて着実に歩みを進めている。ただし、マスク氏の構想を本気で事業として成り立たせるには、コストや工期の問題が立ちはだかる。

 ボーリングカンパニーによると、LVCCループに投じた費用は約4700万ドル(約63億円)と決して安くない。建設には1年を要したという。同社は、トンネルの掘削コストを少なくとも現在の道路トンネルの10分の1程度に抑えなければならないとしたうえで、土木の常識とは大きく異なるアプローチを採用して課題の解決を目指している。

 まず、トンネルの内径を一般的な道路トンネルの半分程度である12フィート(約3.6m)に設定した。テスラの車両1台が走れる程度の断面サイズだ。これによって掘削量を大幅に減らし、トンネル1本当たりのコストを下げる。自動運転のEVが走行する前提に立てば、スペースを食う換気システムを簡素化できるため、このような発想が可能になる。

 日本では掘削技術の進化などを背景に、トンネルの大断面化が進む一方だ。リニア中央新幹線のトンネルの直径は約14m。数々のトラブルに見舞われている東京外かく環状道路(外環道)の本線トンネルは直径約16mにもなる。

 一般に、大断面であるほど工事の難易度が高まり、工期は長く、建設コストは高くなる。ボーリングカンパニーの構想の面白いところは、こうした土木業界のトレンドに背を向け、小断面トンネルを安く、素早く、たくさん掘る方向に転換する点だ。

米ラスベガスの「LVCCループ」。指示された番号の場所で並び、到着した車に乗り込む。2022年1月時点では自動運転ではなく有人運転だった(写真:日経ビジネス)
米ラスベガスの「LVCCループ」。指示された番号の場所で並び、到着した車に乗り込む。2022年1月時点では自動運転ではなく有人運転だった(写真:日経ビジネス)
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 さらに、トンネルの断面サイズを全て統一するという。高価な掘削機を使い回すためだ。日本ではプロジェクトごとに断面サイズを決め、それに合わせて掘削機の製作をメーカーに発注。工事が終わると廃棄するのが一般的であるため、こうした発想はそもそもほとんど出てこない。一方、海外では中古のマシンを調達して工事に使うことが少なくないため、機械の使い回しを前提にトンネルの断面を設計することに抵抗感や違和感がないのだろう。