The Sandbox
仮想レストランからウェアラブルのゲーム内NFTに至るまで、消費者はいわゆるメタバースのプラットフォームやブロックチェーン技術を使ったWeb3アプリケーション内で、ブランドのロゴを目にする機会が多くなった。
しかし消費者は、Web3の利点がユーザーに魅力的に映るまさにその特徴——匿名性と中央集権的な管理権限がない点——によって、知的財産と商標が広範囲にわたって侵害される可能性もあることに気づきつつある。
この問題に対して積極的に手を打っているブランドもある。
ナイキは2022年2月初旬、オンラインマーケットプレイスのストックエックス(StockX)を相手取り、同社が販売している仮想NFTスニーカーがナイキの商標を侵害しているとして民事訴訟を起こした。
エルメスは2021年末、メイソン・ロスチャイルド(Mason Rothschild)を相手取り、ファーで覆われたバーキンを描いたアート作品「メタバーキン(MetaBirkins)」がバーキンの商標を侵害しているとして提訴した。
それだけではない。ハリウッドの大手スタジオ、ミラマックス(Miramax)は2021年11月、同社の映画『パルプ・フィクション』の脚本の一部を組み込んだNFTをオークションにかけたとして、クエンティン・タランティーノ(Quentin Tarantino)監督を提訴した。ミラマックスは、同映画に関連するNFTの販売権は自社が有していると主張している。
なお、ナイキ、エルメス、ミラマックスに提訴された3者はいずれも原告側の訴えを否認している。
Insiderは、知的財産権に詳しい4人の弁護士をはじめ法律の専門家に話を聞いた。専門家らは、メタバースやWeb3がいまだ「開拓時代」にあるかのような感覚が、一部のブランドを非常に困った状況に陥れる可能性があると指摘。ブランド各社が自社の知的財産権を守るためには、永続性や分散性、匿名性といったWeb3の特性を考慮しなければならない理由を明らかにした。
法律事務所リード・スミス(Reed Smith)のパートナー、ダニエル・ガルノ(Danielle Garno)は、「知的財産権を行使できるようにするための削除のしくみがWeb3の中になければ、知的財産権がWeb3で事実上消滅する可能性があります」と言う。
以下は、話を聞いた弁護士ら専門家が指摘する、メタバースやWeb3といった環境でブランド各社が特に留意すべき4つの点だ。
誰かが自社ブランドの権利を主張してくる前に機先を制すること
NFTのようなブロックチェーン技術で記録されたトランザクション(取引)は永続的なものだ。だがブランド各社にとっては、その点が頭痛の種になる。
まず、彼らはもう2010年代初頭のFacebookのモットー、「素早く行動し破壊せよ(Move fast and break things)」のようには行動できない、とガルノは言う。実際、Web3の専門家らもこうアドバイスしている。マーケターはまずWeb3のしくみをしっかり理解し、慌てて飛びついて怪しい儲け話に乗る愚は避けなければならない、と。
その一方、企業はWeb3環境で、自社のブランドに対しバーチャル空間での永続的な権利を他社に主張される前に、著作権を確実に保護するために素早く行動しなければならない。
現時点で最善の方法は、米国特許商標庁(US Patent and Trademark Office)などの機関を通じて世界に商標を登録することだと言うのは、コワン・リーボウィッツ・ラトマン(Cowan Liebowitz Latman)のジョエル・シュミット弁護士(Joel Schmidt)だ。しかし、NFTのようなものを扱う特定のカテゴリーはまだ存在しない。
Web3に関しては、知的財産権の問題はさらに複雑だ。通常の権利侵害のケースならば、裁判所は著作権を侵害している商品をウェブ上で物理的に処分するか消去するよう命じることができる。
しかしWeb3環境で「権利侵害商品の流通を確実に停止するには、それらを『焼却(Burn)』して価値を消滅させなければならない」とガルノは指摘する。この場合の「焼却」とは、NFTに関連づけられたデジタル資産を無効化アドレス(null address、訳注:暗号資産を二度と取り出すことができないウォレット)宛てに送り、誰もアクセス・販売・譲渡できない状態にすることを指す。
ガルノは最近のブログ投稿で、エルメス対ロスチャイルドの裁判について「裁判所がロスチャイルドに不利な裁定を下した場合、メタバーキンのNFTを購入した第三者がNFTへアクセスすることを許可するかという問題が生じる」と述べている。
分散化されたWeb3環境では著作権の行使が難しい
初期のころのウェブでは、分散化されている(=非中央集権型の)状態が普通であり、ユーザーは中央集権的なしくみに従わなくてもどこででも好きなことを投稿できた。これは、GoogleやFacebookなどのプラットフォームのように、中央のサーバーではなく多数のノード(訳注:ネットワークを構成するサーバーまたは個々のコンピューター、プリンターなどのデータ処理を行う装置のこと)に演算プロセスを分散させることで実現できる。
だがブランド各社にとってはそこが問題だ。SNSのプラットフォームとは異なり、Web3はそのスペースを誰が管理しているのかが不明確だからだ。
「問題があった場合にFacebookなりTwitterなりAmazonなり、管理者にメールで苦情を申し立てて削除してもらう、ということができないのです」とフォックス・ロスチャイルドの知的財産権法専門パートナー、ジョン・シェーファー(John Shaeffer)は言う。
「このことが別の問題を引き起こしています。例えばたくさんの競合他社がAmazonに電話をかけてきて『この商品はうちの商品の権利を侵害しているから取り下げろ』などと言うが実際には間違いだった、といったことが起きているのです」
「公開鍵」では現実世界の人物の身元を割り出せない
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匿名や偽名でも使えることは、Web3ユーザーにとって最大の魅力だ。しかし、Web3には本質的にトレーサビリティ(追跡可能性)が備わっているため、メタバースでの権利侵害者を企業が追及しようと思えば、とりうる手段はいくつかある。
これは、Web3がEthereum(イーサリアム)のようなブロックチェーン技術に依拠しており、ほとんどのNFTがこの技術を用いて作られているためだ。クリエイターらによれば、「トークンにはそれぞれ一意の識別子がついており」、「NFTごとに所有者がいるはず。取引記録は公開されており、誰でも簡単に確認できる」という。
これらの識別子は「公開鍵」とも呼ばれるが、これで直接現実世界の人物の身元を割り出せるわけではないため、ブロックチェーン上の特定の事象の背後にいる現実世界の人物を特定するのは難しい可能性がある。
オンラインでの偽造や著作権侵害行為が進化するのと同様、訴えられる可能性のある人物の特定を目的とした取り締まりの手段も今後徐々に進化していく可能性が高い、と専門家らは見ている。
オンライン著作権のコンプライアンスを手掛ける会社、ペックス(Pex)の最高収益責任者であるカースティン・スチュアート(Kirstine Stewart)は「分散化されているウェブ上では、そこで人々が手にするフィンガープリント、コンテンツ、知的財産権は、その人だけのものとなります。最初に作ったクリエイターのところに戻ることもあります」と言う。
商標権を侵害しているとみなされてもいいのか
Web3やメタバースのアプリ内では、識別子による識別はブランドの安全性戦略としては望ましくないこともある。
「考えるべきなのは、商標権を侵害しているとみなされてもいいのかということと、知的財産権を主張する相手は誰なのかという問題。そして、権利を主張すればするほど反発を招くのではないかという問題です」とガルノは言う。
ブランド各社は「脅しのような法律用語を使って厳しく取り締まるのではなく」、知的財産権を侵害したとされる企業と協力できる方法はないかと尋ねるべきではないかとガルノは言う。
先出のシェーファーも、「例えば私がスパイダーマンのファンだとして、スパイダーマンの格好をしてメタバースに行きたいと思ったら、マーベルはそれを告発したいと思うだろうか、ということです」と言う。
「これは本来、法的問題ではなくビジネスの問題であって、そのあたりがまだきちんと整備されていないことが問題なのです」
(翻訳・渡邉ユカリ、編集・常盤亜由子)
[原文:Intellectual property could 'effectively disappear' in the metaverse, according to a top ]