NFT(Non-Fungible Token)は音楽業界にどんな革命をもたらすのか。
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ブロックチェーンを活用した新しい技術・NFT(Non-fungible Token、非代替性トークン)。
2020年頃からメディアを賑わせるようになり、日本でも仮想通貨取引所のコインチェックをはじめとして、GMO、楽天などさまざまな事業者がNFTを販売できるマーケットプレイスに参入している。
一方、この数カ月で目立つのは「音楽に特化したNFT」のサービスだ。
コロナ禍で打撃が続いている音楽業界にとって、NFTがもたらすビジネスの可能性は大きな希望となっており、海外では数十億円規模の調達を達成する企業も少なくない。
現在注目を集めている「音楽NFT」サービスをまとめた。
「アーティストへの適切な還元」がカギ
そもそもNFTとは「そのデータが唯一無二のものであることを示す、改ざん不可能な証明書」のことだ。つまり、物理世界でいうところのシリアルナンバー入りのアナログレコードのような「一点もの」をデジタル上でも可能にする技術とも言える。
インターネットが広まって以来、音楽産業は長く海賊版問題に悩まされてきた。近年、Spotifyのようなストリーミング(配信)サービスによって海賊版は減ってきたといわれるものの、今度はそうした配信サービスはアーティストに十分還元していないとして批判されるようにもなってきた。
だからこそ「一点もの」を証明できるNFTが広まれば、音楽産業にとって業界を革新するほどのインパクトを持つのではないか ── 音楽NFTは今、そのような期待を込めて語られている。
音楽NFTサービスは2018年頃から数多く生まれてきたが、ここ最近は大手レコードレーベルや、著名アーティストがNFTに参入するニュースが多く報じられている。
ワーナーとも提携、68億円調達の「OneOf」
第64回、第65回、第66回のグラミー賞を記念したNFTが発売されることがすでに発表されている。
画像:.REUTERS/Carlo Allegri
その一例が、音楽NFTプラットフォーム「OneOf(ワンオブ)」が2022年1月末に発表した、ワーナーミュージックグループとの提携だろう。ワーナーミュージックはこの提携により、同社が権利を有する音楽コンテンツのNFT化をより積極的に進めていくという。
OneOfは2021年5月の設立当初から、音楽プロデューサーのクインシー・ジョーンズが支援していることで注目を集めていた。サービス開始前から6300万ドル(約68億円)もの資金調達を発表。 2012年に亡くなった歌手、ホイットニー・ヒューストンの未発表レコーディング音源もNFT化され、オークションにより99万9999ドル(約1億2000万円)で落札された。
他にも、グラミー賞受賞アーティストらの楽曲の限定版NFTを始め、アーティストの希少な音源や動画などのデジタルコンテンツを購入できるオークションハウスのような役割を果たしている。
OneOfはすでにグラミー賞を主催するレコーディングアカデミーとの提携も発表。同賞に関する3つのNFTを販売することも予告されている。
コーチェラの公式NFT販売サイト。
画像:Coachella
人気音楽フェス「コーチェラ」もNFTに活路を見出している。
大手仮想通貨取引所「FTX US」と提携し、4月に開催されるフェスへ向けてNFTを発売すると発表したのだ。
最初に売り出されたNFTはコーチェラの「一生分の(Life-time)」入場チケットなどで、その価格は2月8日現在、数百万円にも上る。
特典には、VIP観覧席やプロシェフによるプライベートディナーなども含まれている。 なおコーチェラによると、NFTは譲渡や転売も可能だという。
63億円調達、著作権収入をファンに分配する「Royal」
音楽NFT販売プラットフォーム「Royal」は、音楽プロデューサー/DJでもある3LAUによって立ち上げられた。
画像:Royal
限定版のNFTを販売するというモデルだけでなく、既存の音楽業界の利益分配の“仕組み”そのものを変えようとするサービスも目立つ。
その筆頭となるのが、EDMアーティスト・3LAU(Justin Blau)らによって立ち上げられた音楽NFT販売プラットフォーム「Royal(ロイヤル)」だ。
Royalはその名の通り、アーティストのNFTを購入したファンがそのロイヤリティ(著作権使用料、印税)を受け取れるところに大きな特徴がある。
アーティストはRoyal上で自身の楽曲などのロイヤリティを任意の数のトークンに分割して販売。
ファンはそのトークンを購入することで、保有しているトークンに応じたロイヤリティを得ることができる(割合はアーティスト側で決められる)。
2022年1月には、ラッパー、Nasの「Ultra Black」という楽曲がRoyal上で発売された。Nasはこの楽曲のストリーミングから得られる印税収入の50%をファンに分配すると表明している。
「Ultra Black」の著作権収入の分配グラフ。
画像:Royal
この印税収入の権利は、760のトークンに分割されて販売されており、ダイヤモンド(4999ドル)、プラチナ(250ドル)、ゴールド(50ドル)とトークンの価格ごとに得られるロイヤリティに差がある。
ダイヤモンドのトークンは、10トークン分で全体の印税収入の権利の21%を占める。
例えば、この楽曲がSpotifyで100万回再生された際、入ってくる印税収入が50万円だったとする。ダイヤモンドのトークンを1つ持っている(つまり、楽曲のロイヤリティの権利の2.1%を有している)と、約1万円が得られる、という計算だ。
Royalで販売された「Ultra Black」のトークン。価格に応じて受け取れる特典が異なる。
画像:Royal
曲の人気が高まり、より多額の収入を生み出すと、その分受け取れる印税収入も増える。つまりファンはその曲をより広めることで自分も利益を得ることができるし、アーティストもその分潤うという訳だ。
Royalは8月の設立後、わずか数カ月でシリーズAラウンドで5500万ドル(約63億円)の資金調達を発表した。リード投資家として、仮想通貨関係のスタートアップに大規模な投資を続けているアンドリーセン・ホロウィッツ(a16z Crypto)が名を連ねている。
なお、著作権収入のモデルを革新するという思想で立ち上げられた音楽配信サービスとしては「Audius(オーディウス)」も挙げられる。Audiusはアーティストにプラットフォームから得られる収益の90%を還元すると掲げ、累計で10億円以上を調達している。
ただしこちらは限定のNFTを販売するモデルではなく、プラットフォームの独自通貨「AUDIO」を配布することで、それを可能にする仕組みだ。
日本ではエイベックスが早くに参入
The NFT Recordsでは、アーティストが楽曲を提供し、NFT化されたコンテンツを購入することができる。
出典:The NFT Records
日本ではどうだろうか。他社に先駆けて始まった音楽NFTのマーケットプレイスといえば「The NFT Records」がある。
The NFT Recordsは2021年春にサービスを開始。運営を担うのは、スマホ向けゲームなどを開発するアエリアの子会社であるクレイオだ。
取締役として、元エイベックス・スポーツ社長の伊藤正二郎氏や、エイベックステクノロジーズでブロックチェーン事業部に携わった石田陽之氏らが参画している。
エイベックスとの資本関係はないものの、同社が開発した「A trust」というブロックチェーンサービスを使い、アーティストがNFTを発行し、販売できる場を設けている。
クレイオ代表取締役の神名秀紀氏。
撮影:西山里緒
仕組みとしては先述の「OneOf」にも近いが「日本の音楽業界の人やファンの人が実際に使えるものを」(石田氏)との言葉通り、一部を除いてほとんどのNFTは数百円から数千円で購入でき、購入方法もクレジットカード決済だ。
ダンス・ボーカルグループの東京女子流やラッパーのSEAMOなどエイベックス所属アーティストだけでなく、ヘビーメタルバンドのLOUDNESSらもすでに同サービスを通じてNFTを販売している。また、大手レーベルに所属していなくても審査を通れば、誰でも音楽に関するNFTコンテンツを販売できる。
これに近いサービスとして、「.mura(ドットミューラ)」がある。こちらは音楽プロデューサーの山口哲一氏が立ち上げ、ミクシィが投資しているスタートアップ「Studio ENTRE」が運営。ブロックチェーン企業のGincoが開発を支援している。
2021年11月には小室哲哉氏が同サービスを通じて、楽曲をNFT化して発売。総額で175万円で落札された。
レコード協会との著作権侵害トラブルも
NFT販売サイト「HitPiece」は批判を受け、2月8日現在、サイトを停止している。
画像:HitPiece
音楽業界の各プレイヤーが続々と飛び込むNFT。ただ、注意すべき点もある。
音楽著作権は非常に複雑で、用途や媒体が多様になるほど契約も多岐にわたるため、過度な単純化は危険だ ── と、音楽ビジネスメディアの「Water and Music」などは警鐘を鳴らす。
実際、すでにトラブルは起こっている。
2022年2月、音楽NFT販売サイト「HitPiece」がアーティストやレーベルの許可を得ずに楽曲のNFTを販売していたとしてSNS上で騒ぎになり、アメリカレコード協会(RIAA)が公式に糾弾する声明を出した。
RIAAはこの声明で「(HitPieceが)バズワードや専門用語を駆使して、必要な権利を取得していないという過ちを覆い隠し、ファンを欺いた」と強い言葉でサービスを非難している。2月8日現在、HitPieceのサイトは運営を停止している。
また、NFTの取り扱いについて、法的な立ち位置が曖昧な現状もある。
NFTはデジタル上で「所有している」ことを証明する技術と言われることも多いが、音楽NFTを購入したからといって、実際に著作権などが移転されているわけではない。
日本ではそもそも「デジタルデータの所有」という考え方が法律上明確に整理されておらず、NFTの購入時に何に対する権利を売買しているのかが判然としないケースも少なくない。
NFTがここまで大きなうねりとなっている今、こうした法的問題にも注意を払っていく必要があるだろう。
(文、西山里緒)