第2回 あの「エルフ語」はなぜ、どのようにつくられたのか
信州大学人文学部の伊藤盡教授(英米言語文化)は、広義には「英語の先生」で、英語史、中世英語、北欧語文献学などを専門にしている。もっと詳しく書くと、『指輪物語』のエルフ語の研究者(あるいは、映画『ロード・オブ・ザ・リング』のエルフ語の吹き替え監修者)で、市民向けに「エルフ語講座」を開いてくれたり、「エッダ」として伝えられる北欧神話、バイキングの活動を含む北欧の人々の伝承が今に伝わる「サガ」、北欧の古い文字であるルーン文字で書かれた石碑などにとても詳しい不思議な広がりを持った研究をしている先生だ。
前回、伊藤さんが、幼い頃から「ここではないどこか」に惹かれ、その場所がなぜか北欧であるとまだ幼い頃に直観した話を聞いた。また、意味が分からないただ呪文のような言葉の連なりに惹かれるものがあり、言語と神話をまるまる創造したJ・R・R・トールキンの研究へと進んだ。その言語は「エルフ語」として知られ、神話は『シルマリルの物語』としてまとめられている。
伊藤さんがこういったテーマを扱おうとした1980年代、わずかながらとはいえ、先行研究のようなものが存在したという。伊藤さんが対話の中で話題になるだろうと書籍を準備してくれていたテーブルの上に、『An Introduction to Elvish』、つまり、『エルフ語入門』というタイトルの本があった。アメリカの神話創造協会(Mythopoeic Society)というグループの言語研究ブランチが出したもので、アマチュア研究者によるものだが、非常な労作だという。それがまさに伊藤さんが研究を始めた時点での「先行研究」に相当した。
ぱらぱらとめくると、トールキンが作り上げていたエルフ語の2系統、古語であるクウェンヤ(Quenya)と、中つ国のエルフの言葉シンダリン(Sindarin)について文法や語彙、発音はもちろんのこと、それぞれの系統関係まで視野に含めた解説がされている。
ふと思い出したのは、「グリムの法則」だ。『グリム童話』で有名なグリム兄弟の兄で言語学者・文献学者だったヤーコプ・グリムの名を冠したもので、インド・ヨーロッパ祖語からゲルマン祖語が生まれた際の音韻変化の法則を緻密に追い求めたものだ。「法則」という言葉にふさわしく、「音韻法則に例外なし」とまで言われる。トールキンのエルフ語も、まさにこういった法則が適用されていた。
「グリム兄弟のお兄さんが書かれた『Deutsche Mythologie(ドイツ神話学)』という本はまさに神話学と言語学の融合だったんですよ」と伊藤さんは教えてくれた。
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