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 資源エネルギー庁が「電力市場リスクマネジメントガイドライン」(地域や需要家への安定的な電力サービス実現に向けた市場リスクマネジメントに関する指針)を作成。指針に沿った「参考事例集」も公表する。2020年度冬に起きた卸電力市場の高騰を教訓に、市場関係者は市場リスクの管理が改めて問われている。

 資源エネルギー庁が9月下旬に開催した電力・ガス基本政策小委員会において、リスクマネジメントガイドラインとその参考事例集の素案が示された。LNG(液化天然ガス)の在庫不足を契機とした2020年度冬の市場高騰をきっかけに作成されたものだ。

 ガイドラインはリスクマネジメントの重要性を以下のように説いている。

 「スポット市場における取引は大きな価格変動リスクを伴う。自社の経営体力を超えたリスクを抱えた状態で、実際に市場価格の高騰等が発生し、電力サービスの提供を途絶させることは望ましくなく、地域や需要家に対し、安定的な電力サービスを実現するためにも、電気事業者は、スポット市場が大きな価格変動リスクを伴う市場であることを改めて認識し、適切にリスクマネジメントを実施していく必要がある」

参考資料: 電力市場リスクマネジメントガイドライン

 ガイドラインは発電設備を十分保有しない小売電気事業者(電力ショートポジションの保有者)のリスクマネジメントの必要性を説くとともに、小売りを行わない発電事業者(電力ロングポジションの保有者)といえども、卸電力市場の価格の振舞いによっては、想定外のリスクを負う事態を意識する重要性を取り上げ、改めて注意喚起している。

 もっともな指摘である。リスク管理の重要性や必要性を説く試みは、試行錯誤が続く電力取引市場において実に画期的な取り組みと言えるものだ。

 市場化の進んだ電力ビジネスでは、リスクの定量化が必須であることを日本の卸電力市場において初めて公に唱えたのがこのガイドラインである。リスクの定量化は金融業界が先行しているが、海外の電力ビジネスや海外上場企業は当然のものとして備えている能力だ。ガイドラインは、日本の電力業界に対して、そのことを改めて提唱した点で大きな意義がある。

先駆けは銀行のリスク管理規制

 リスク管理の制度や技術は、1990年代後半に金融の世界で先行した。電力ビジネスにおけるリスク管理の重要性を考えるうえで、銀行のリスク管理規制に関するこれまでの経緯を振り返っておきたい。

 金融業界では96年の「第2次BIS規制」導入以降、リスク管理制度が国際的に適用されることになった。これは、マーケットリスク規制とも呼ばれる。BIS(国際決済銀行)に事務局をおくバーゼル銀行監督委員会が、国際業務を行う民間銀行に対して、等しく規制を課すことを提唱した。

 同規制の下では、日常的な銀行業務に相応のマーケットリスクが発生していることを適切に反映しなければならない。第2次BIS規制は、そのことを定めた自己資本比率に関する規制である。国際的に活動する民間銀行に対して、96年12月末(日本は97年3月末)に発動された。

 88年12月に導入された「第1次BIS規制」では、貸し倒れリスクを対象に、貸出資産が棄損するリスクを勘案した自己資本比率(8%以上)が義務づけられた。

 第2次規制は当時のデリバティブ(金融派生商品)取引の規模拡大を反映して、それらを含んだ金融市場における価格変動リスクを計測する規制を自己資本規制に追加した。平成バブル崩壊後の不良債権問題や株価低迷に悩み、第1次BIS規制への対応にも苦労していた邦銀には特に厳しいものであった。

バブル期の邦銀を牽制したリスク管理規制

 BIS規制自体、邦銀の国際的な活動を牽制するものと言ってよかった。

 それまで各国の金融当局は連携して通貨の交換価値(為替レート)の安定化を図っていた。そして、互いの金融政策に関心を持つ時代が始まった。各国の金融政策次第で為替レートが変動し、国際間の貿易摩擦が高まるためだ。

 その中で、当時の欧米の金融当局が問題視し始めたのは、バブル期に顕著になった邦銀の国際化の動きだ。邦銀は欧米の金融機関を尻目に経営・資金規模の拡大を図り、次第に存在感を増していった。

 当時の日本企業は高度経済成長で膨らんだ資金、これはある意味、輸出産業で稼いだ日本経済の“国富”と言えるものだが、これを国内の投資機会で吸収しきれず、海外での投資機会に目を向けた時期だった。