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 DX(デジタルトランスフォーメーション)で業務を変えようとすると、現場の抵抗感が強い――。DXの取り組みが広がるにつれて、こんな悩みを聞く機会が増えてきた。

 企業が先行的にDXに取り組む段階では、チームの規模や影響範囲を比較的小さくすることもあり、意欲的な社員が関係者の大半を占める。しかしDXの取り組みを社内で広げていくにつれ、必ずしもDXに意欲的ではない社員もかかわるようになる。多くの企業がこのフェーズに入っているため、冒頭のような悩みが増えているのだと思う。

 これはDXに始まったことではない。ITを使った従来の業務変革でも同じことが起きていた。業務の担当者からすれば、自分の業務に責任がある。下手に業務を変えられて、回らなくなったりミスが増えたりしたら、尻拭いをするのは自分だ。責任感が強いほど、変更に慎重になるのは当然の心理といえる。

 ただしDXは従来の業務変革よりもスピードが要求される。時間をかけて現場に働きかけ、段階的に変えていく・導入していくというソフトランディングでは競合他社に後れを取る。

 では業務担当者のDXへの参画意識を醸成し、所属部署や個人の立場を超えて協力してもらうにはどうすればよいのか。ここでは3つのポイントを挙げる。

(出所:123RF)
(出所:123RF)

全社員を対象にDX研修

 今、金融機関を中心にDX先行企業の間で始まっているのが、全社員を対象にしたDX教育だ。「リスキリング」というキーワードで語られるケースもある。これが1つめのポイントだ。

 例えば三井住友フィナンシャルグループ(SMBCグループ)は2021年3月から「SMBCグループ全従業員向けデジタル変革プログラム」と呼ぶDX研修を進めている。三井住友銀行やSMBC日興証券、三井住友カードといったSMBCグループの全社員が対象で、5万人に上る。

 内容はデジタル技術に関するリテラシーや活用などDXの基本が中心であり、動画で解説する。これにより社員1人ひとりに「DXの素養」を持たせて、あらゆる場面で当たり前にデジタル技術を活用していくという組織文化の醸成を図る。

 全社員を対象にしたDX研修を進めるのはSMBCグループだけではない。大日本住友製薬、三菱UFJ銀行、あおぞら銀行、北国銀行、三井住友海上火災保険など枚挙にいとまがない。

経営幹部の言葉でDX推進方針を伝える

 研修によって、社員1人ひとりにDXの素養を持たせて理解を得るのは、DX推進のベースにすぎない。所属部署や個人の立場を超えてDXに協力してもらうには、経営幹部や上位管理職からのトップダウンの働きかけが不可欠だ。これが2つめのポイントである。

 DXによる業務変革プロジェクトの経験が豊富な、日立コンサルティングの水田哲郎グローバル・ビジネスコンサルティング事業部事業部長理事によると、DXプロジェクトの起案者である経営幹部や上位管理職が考えるDX推進方針を分かりやすく整理し、関係部門に伝えることが重要だという。

 具体的にはDXプロジェクトの起案者からDX推進方針として、(1)対象範囲、(2)背景・目的、(3)DX推進テーマ、(4)期待効果、(5)制約条件という5つの項目を確認する。このうち背景・目的の例を挙げると、「難易度の高い作業やトラブル対応作業を担っている熟練工が5年後には半減し、高付加価値製品の製造が困難になる」「熟練工のノウハウを中堅・若手社員に継承し、高付加価値製品を継続して製造できるようにする」といった具合だ。「デジタル技術の活用によって製造DXを推進する」のような抽象度の高い表現ではなく、誰もが理解できる言葉で表現することが肝になる。