行定勲監督『劇場』についてのある告白

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  • author 三浦一紀
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行定勲監督『劇場』についてのある告白
Photo: Victor Nomoto - Metacraft

本日7月17日(金)、吉本興業のお笑いコンビ「ピース」の又吉直樹さん原作、行定勲監督の映画『劇場』が、全国のミニシアター20館とAmazonプライムビデオで同時公開となりました。

公開日:2020年7月17日(金)全国公開 出演:山崎賢人、松岡茉優、寛一郎、伊藤沙莉、井口理、浅香航大 監督:行定勲 原作:又吉直樹「劇場」(新潮社) 脚本:蓬莱竜太 音楽:曽我部恵一 配給:吉本興業 ©2020「劇場」製作委員会

日本の映画が、映画館と配信で同時公開となるのは初めてのこと。元々『劇場』は4月17日公開予定でしたが、コロナ禍の影響で延期になりました。

そして6月25日に公開情報が解禁。ミニシアターとAmazonプライムビデオでの初の同時公開は瞬く間に話題となりました。

どうしてこのような公開形式になったのか、そしてアフターコロナの映画はどうなるのか。まさに『劇場』公開情報が解禁された6月25日に、行定監督にお話を伺いました。大胆にもZOOMで撮影した映画『きょうのできごと a day in the home』『いまだったら言える気がする』のオンラインインタビューから、初の対面でお会いした生インタビューです(それだけに気合が入りました)。

『劇場』の「配信」を決断した理由

──『劇場』は、本来は2020年4月17日に公開される予定でした。しかし新型コロナウイルスの影響で公開が延期になった結果、全国のミニシアター20館とAmazonプライムビデオでの世界同時配信ということになったわけですが、どういった経緯でそうなったのでしょうか。

行定監督:4月上旬の時点では、映画『劇場』の製作委員会はロックダウンはないと予想して4月17日公開で話を進めていました。しかし、4月7日に突然緊急事態宣言が発出されたんですね。これはロックダウンではなく、国民に自主規制をお願いするといった主旨だったわけです。そのとき、本来全国280スクリーンで『劇場』を公開予定だった映画館のうち、主要都市では営業をしないということになりました。主要都市が営業しないのに地方のほうが先に公開されるというのは非常にバランスが悪いので、結局全館営業を停止することになります。その影響で、公開5日前のタイミングで『劇場』の公開延期が決まりました。

ただ、その時点で『劇場』の宣伝活動はほとんど終わっていたんです。僕は地方キャンペーンはすべて終わっていましたし。あとはテレビ番組の生放送に出演者が出てもらうくらいの段階でした。つまり、もう宣伝にかなりお金を使っていた状態だったんですが、ほとんどが水の泡になってしまったわけです。

かといって、延期をして数ヶ月後に映画館で普通に上映しても、新型コロナ以前のようには戻らないというのが配給会社の見解だろうと思います。そこで「配信」の話が浮上しました。

『劇場』という映画がどこに着地すればいいのか。今回の配給は吉本興業さんがメインでやってくれています。吉本さんもイベントや劇場収入がないから大打撃なわけですけど、『劇場』をすぐに収益化しなければならないと迫ったりはせず、「監督が映画館にこだわるんだったらこだわっていただいていいですよ」とまで言っていただいて。

そのときにAmazon社から、配信料に製作費をかなり回収できるほどの配信料の提示がありました。通常の2次使用配信だったらあり得ない額でした。

その状況で僕は悩みました。そのままでは『劇場』は日の目を見ないかもしれないという危機感。

また、収益をプラスにするということが映画産業の一端を担っている人間の役目だと思っているので、最低でもリクープはしなければなない。これが、僕が個人的に作った映画だったら僕が好きなようにやりますけど、商業映画ですから。

しかし、本音は映画館でやりたい。だからAmazonと話し合ってもらいました。Amazonはもちろん配信オンリーで見てもらいたいんですよね。それに対して僕は観客が映画館のスクリーンで見てもらってこその完成形なので、もちろんNoだったんですよ。映画館での公開がないとダメと言い続けていたら、Amazon側から「ミニシアターだったらどうですか?」と提案があったんです。最初は10館でもいいからやりたいと言っていたら、20館まで増やしてくれた。

あと全世界配信を決定してくれたというのもあります。これはこの映画に対する評価だと受け取りました。そういった風を僕は前向きに受け止めています。

アメリカのスタッフも作品を観て感じるところがあったのかもしれません。最大世界242カ国で配信されると聞いたときは驚きました。

──いきなり全世界配信になったというのはすごいですね。

行定監督:僕の経験ではなかったですね。僕の映画の『GO』が映画祭含めて60カ国くらいで、『世界の中心で、愛をさけぶ』でも主要国ですよね。途上国にも配信されるのも嬉しい。僕の映画を見たことがない、日本の映画を見たことのない国の人々が、日本の若者たちの苦悩する姿や恋愛の切なさを共有できるのか。そんなことがあったらすばらしいですよね。

「配信作品」じゃない、「映画」なんだ

──結局ミニシアター20館とAmazonプライムビデオでの同時公開となりました。

行定監督:普通、Amazonプライムビデオでの配信が決定した時点で、これは配信作品ということになり、なかなか通常の映画館では上映できないわけなんです。僕は配信と共存するということが、このコロナ禍においては必要かなと思っていて。今回この取り組みはアリだなと思ったんですよ。これに対していろいろ言う人もいらっしゃると思いますけど。覚悟は出来ています。今の映画製作者連盟(一般社団法人日本映画製作者連盟)の規定では「配信作品」ということになるのかもしれませんが、僕は「映画」として作っているので。どんな方法で公開しても、問題はないはずなんです。でも、この国のルールでは配信をするとその時点で「映画」ではなくなるんです。

ただ、僕としては『劇場』は映画として作ったので、そこは守りたいという気持ちがありました。あとは、スタッフの心情ですね。スタッフは映画として渾身の思いでやっているわけですよ。役者たちもそうです。特に主役の二人の芝居は非常に素晴らしかったし、すごくよかったと思うんですね。苦悩してやっていた二人が、評価に値しないと簡単に言われてしまうのは絶対に悔しい。

もちろん映画賞なんてものは誰かが決めていることだから、気に入ってもらえなければ賞レースに絡めないのは当たり前のこと。

でも僕自身は、この二人は賞を与えたいくらいの芝居をしているから、その評価から外されてしまうというのは、僕としては申し訳ない。

僕は映画監督で、この映画の長ですから、彼らの評価を奪ってしまうのは本心ではありません。エンターテインメントのために誰かに雇われて、ただ楽しいものをお届けてしますという使命でやった作品だったら諦めもつきますけど、この作品はあきらかに違う。映画というものに真剣に向き合って取り組んできたスタッフや俳優たちが評価されることこそ歓びがある。僕自身は覚悟があるからいいんですけど。

しかし、今の映画製作者連盟の考えは、配信を認めてしまったら、映画館に足を運ぶ人が減少することを危惧している。それはとてもよくわかります。でも誰よりも映画館で見てもらいたいのは、僕自身なんですよ。かといって、配信をイヤイヤやっているというわけはないんです。

なぜなら、このコロナ禍で経済面においてみんな疲弊しているじゃないですか。だから多少の犠牲を払ったとしても、今、一番良い形を模索する必要があったと思います。

何よりも一番に観客の気持ちを考えなければいけない。観客に一番届く方法として公開と配信を同時に行うことを選んだというところはあります。どういう形で観るのかというのは観る側に委ねられているし、評価する側に委ねられているかなと思います。これが「映画」であるか否かも。

7月17日に公開されたら、いろいろな人たちがいろいろなところで感想を書いてくださるでしょう。それを見た人が、「俺も見てみるか」ってなることもあると思うんです。主役の二人のファンではなかった人も、見ておもしろかったなって思ってもらえたりしたら、この映画は幸せじゃないですか。

しかも、このコロナ禍において、本来僕の映画を見たいと思ってくれていた人たちが、今は映画館に足が向かないという発言をする人が多かったんですよ。映画館に行きにくいから家で見たいという人はたくさんいました。

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『劇場』の運命

──『劇場』を拝見させていただいて、ストーリー的に下北沢で演劇の世界で生きている若者たちの葛藤や人間関係、前に進みたいけど進めないもどかしさみたいなものがすごく感じられました。それがこのコロナ禍におけるエンターテインメント業界の状況と重なるところがあって、なにか運命的なものがありますよね。

行定監督:あります。下北沢で演劇を作って、どうにも演劇が認められないけれど、それでも演劇にこだわって、人を傷つけてしまっても演劇を続けようとする主人公の永田。現在、そういった演劇人たちは活動できてないんですよね。小劇場は使えないし、使えたとしても観客を集められない。音楽をやっているバンドマンたちもそうですし、下北沢全体が前に進みたくても進めない状況に陥っている。

この映画を通じて、演劇に関わる人たちの苦悩が、少し実感してもらえるんじゃないかと思います。

「好きなことをやっている人たち」と我々は思われがちな職業なので、なかなかわかってもらえない部分ではあると思うのですが、たくさんの演劇人たちが苦しんでいます。映画『劇場』から、演劇人の息遣いが感じられたらいいなと思います。

今回、『劇場』はミニシアター20館とAmazonプライムビデオで同日公開ですが、初日にAmazonプライムビデオで見て、映画館でみたいと思った人が劇場に行ったときに、こんなにも違うんだと感じられると思うんです。音が違う、スクリーンに映し出される画も全然違う、俳優の表情や纏う空気も。僕たちはそれを見て欲しくて映画を仕上げてきたのですから。かといって、配信が悪いわけじゃありません。この間会った20歳くらいの子が、「僕は『GO』という映画に影響を受けているんです」って言うんですよ。『GO』って20年くらい前の映画だから、生まれた頃ですよ。なんで観たの?って聞いたら、「DVDで見ました。僕、『GO』を観て役者を目指そうと思ったんです」って言うんです。映画ってリアルタイムで見るということがいいと思っていたんですけど、そればかりじゃないんだと思いました。

配信という形式はどの時代も飛び越えてフラットにすることができる。どの時代に生きていても作品と出会えるわけですから。

「映画館」のハードルが上がる

──今回映画館と配信で同時公開ということで、何か監督の中で見えたことなどありますか?

行定監督:もしかしたら配信サービスと映画会社が組んでいく未来も来るかもしれない。基本は配信で、そこで優れた評価を得た映画のみが映画館で上映されるという感じになるかもしれない。

──そうなると、映画館で上映されるということのハードルが上がりますね。

行定監督:ハードルは上がりますけど、もしそんなことになったら映画館に行ったらすごい映画しか上映されていないんですよ。これは映画館で見るべきだよねっていうレコメンドがついた作品ばかりになるのではないでしょうか。

今は映画館が主戦場だから、作り手としては嫌なことも起こるんです。あまり観客動員が伸びない映画は、最初の週は1日34回上映されていても、次の週から1日2回になっていたりする。それは、もっと人気のある映画の回数を増やして、人気のない映画の回数を減らしているということじゃないですか。

配信で人気の出た作品が映画館で上映されるということに変わっていけば、その辺りも変わってくるんじゃないですかね。

僕らが愚かなことをすればいい

──監督はご自分のことを「商業映画」の作家だと表現することがあります。エンターテインメントビジネスの最前線で戦ってきた監督のメジャー作品が、ミニシアターと配信で公開するというのはこれまでなかった大きなチャレンジですよね。

行定監督:このチャレンジは、誰かが具現化して見せないと、概念で語っているだけになる。それが形になると、いいところと悪いところが明確になって価値観が生まれる。だから、新しい試みは誰かが実行しないとわからない。それがたまたま映画『劇場』だったというだけです。

みんな言葉を駆使してああだこうだと理想を言うんですけど、形になっていないから何でも言えるんですよね。

僕たちの表現は社会に気づきを与える役目があるんだろうなと思います。もっと言えば、僕らが愚かなことをしちゃえばいいんじゃないかなって。

上映と配信をなぜ同時にやってはいけないのか。こんなことをすると、僕はお世話になった先人のプロデューサーたちに対する反旗を翻しているように思われるかもしれませんが、違うんです。僕は彼らをリスペクトしていますから。

本来ならもう『劇場』は無事公開が終わって、次回作の『窮鼠はチーズの夢を見る』のインタビューを受けていたはずです。でも僕は、そう簡単にいかない星の下に生まれたようです。ほんと今までもいろんなことが起きていますから。

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配信は映画館への誘い水

──一度映画館から足が遠のいてしまった人たちを、また元通りに戻すというのは難しいかもしれません。1回離れてしまうと、再びそこに戻ろうという気がなかなか起きないと思うんですよ。

行定監督:だから、違う方向で映画館に客を戻さないといけないと思うんですよね。映画を映画館で見るのは特別なことなんだよということを表現できるのは、ある意味必要だと思います。今回の『劇場』の配信は誘い水になればいいと考えます。

作品を配信で観て、映画館で見たいと思った人が映画館に行けば、プラスになるんです。今のままでは映画館に動員が伸びないのだから、呼び水になるのは何かといったら、新作を家で見ることですよね。そして、その新作は映画館でもやってるよということをみんなが知ると、映画館で観てみたいなあと思ってくれるといいかなと思っています。

特にこの『劇場』は、映画館で見るといいんだよねって思える作品になっています。作品の中にそういう仕掛けがあるので、絶対に気づくはずです。映画館で映画を見るという体験と、家で映画を見るという体験、この2つの違いの真価が問えるんじゃないですか。早く、安心して見られるということと、わざわざ映画館に行ってそこで得られる映画体験が特別ですごかったんだというのが同時に味わえると思います。

だから映画館って捨てがたい。映画館にいつか戻っていかないといけないんだよっていうことを僕は言いたいですね。

──理想的なのは、映画館で見ることと配信の両方が上向きになっていくことですよね。

行定監督:理想は共存なんです。それがなんなのかということを僕は考えないといけないかなと思っています。それがコロナ以降の気づきですね。

映画館で映画を見るということは幸せな行為なんですよ。贅沢な行為なんです。思わず眠ってしまったとしてもね。それはもう格別ですよ(笑)。

──映画業界も変わるんじゃないでしょうか。この『劇場』は映画界のニューノーマルになる気がします。

行定監督:ニューノーマル、感じてほしいですね。配信でも見てほしいし、映画館でも見てほしい。最初に映画館で見るか、ストリーミングで見るか。多分ストリーミングで見る人が多いと思うんですよね。だから、その後に映画館に行ってみたら、こんなに違うんだっていうのがわかると思います。そしてもう1回ストリーミングで見てほしい。そんな経験はなかなかできないでしょうから。そして、この『劇場』がいい映画だったなって思っていただきたい。これが映画だったんだっていうね。

映画館で観たくなる名作です!

偶然の巡り合わせとはいえ、『劇場』は日本初の映画館とAmazonプライムビデオの同時公開という、映画界でのエポックメイキングな作品となりました。

制作中はこんな世の中になっているとは思っていなかったでしょうが、どこか今の閉塞した雰囲気の世界と通じるものが感じられるのは、まさに運命のようです。

公開は7月17日(金)。映画館で見るか、Amazonプライムビデオで見るか。いずれにしても、「映画館で見たい!」と思わせてくれる作品であることに違いありません。

長時間のインタビュー、ありがとうございました。