第115回 つかめそうでつかめない睡眠と覚醒の境目

(イラスト:三島由美子)
(イラスト:三島由美子)
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「昨晩、何時に寝ましたか?」と聞かれた時、「23時頃かな?」「仕事が長引いて深夜1時過ぎ」など、「時間単位」であれば答えるのは容易だが、もう少し詳しく「23時何分頃でしたか?」と聞かれればちょっと考え込んでしまうのではないだろうか。

 不眠症の治療では患者さんに消灯時刻、寝つきにかかった時間(睡眠潜時)、途中の目覚め時間(中途覚醒時間)、昼寝の長さなどを「分単位」で記録してもらうが、時計で確認できる消灯時刻はともかく、体感的に判断しなくてはならない睡眠潜時や中途覚醒時間を記録するのは、慣れてもかなり難しいとこぼされることが多い。しかも実際に検査で測定した数値と大きなズレが生じることも少なくない。

 古来、「覚醒」とは“目覚めていると自分で認識している状態”、「睡眠」とは“覚醒以外の状態”のことを意味していた。つまり睡眠も覚醒も主観でしか表現できず、そのため睡眠時間もせいぜい「分単位」でしか表すことができなかった。特に、うつらうつらとまどろんでいる時など、どこまでが覚醒で、どこからが睡眠なのか、判定のしようがなかった。

 ところが1929年に脳波が発見されて以降、ようやく「覚醒」と「睡眠」を科学的(客観的)に定義することができるようになった。覚醒と睡眠のそれぞれに特徴的な脳波の周波数やパターンが見つかったため、それらの組み合わせによって覚醒と睡眠の判別や、睡眠の深さの分類をすることになったのである。

 脳波は脳が発生する微弱な電気活動を増幅して記録したもので、周波数帯域ごとにδ(デルタ波:1〜3Hz)、θ(シータ波:4〜7Hz)、α(アルファ波:8〜13Hz)、β(ベータ波:14〜30Hz)などに大別される。覚醒時にはβ波やα波が主体だが、浅い睡眠に入るとθ波が増え、深い睡眠になると最も周波数が小さいδ波が主体となるなど覚醒度や睡眠深度に従って主体となる脳波の周波数帯域が変化する。

 ちなみに、アメリカ睡眠医学アカデミー(American Academy of Sleep Medicine)の創設者であり、睡眠中の脳波を世界で初めて測定して睡眠の深さを観察するなど睡眠科学の泰斗として知られている米国スタンフォード大学のウィリアム・C・デメント博士(1928~2020)が6月17日に92歳で亡くなった。奇しくも脳波の発見の前年に生まれ、睡眠脳波とともに歩んだ研究人生であった。合掌。

 では、脳波を使った検査ではいつ眠ったかを正確に判定できるのだろうか? 実はこれにも限界があり、現行ルールでは「30秒」単位でしか判定できないことになっている。これはどういうことなのだろうか?

次ページ:30秒ルールの理由と課題とは

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