世界一のサッカークラブで、日本人選手がプレーしている。日本代表の南野拓実が、昨年12月末にイングランドの名門リバプールFCの一員となったのだ。
イギリスではイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの4つの地域ごとにリーグ戦が開催されており、イングランドのプレミアリーグは世界でもっともエキサイティングと言われている。その裏付けとなるのが、各クラブの保有戦力である。
上位はもちろん中位から下位にも、欧州や南米の代表選手がズラリと揃う。プレミアリーグの上位クラブに対抗できる選手層を持つのは、リオネル・メッシのいるバルセロナ(スペイン)やその仇敵のレアル・マドリードなど、欧州でも数チームに限られる。
世界的な監督の競演も、プレミアリーグのレベルを際立たせる。最先端の頭脳がぶつかり合う攻防は、戦術的な洗練度が高い。観衆はもちろん選手をも惹きつけ、優秀なタレントを吸い寄せている。
世界でもずば抜けた競争力を持つプレミアリーグで、リバプールFCはクラブ史上最強と言っていい時代を迎えている。ドイツ人監督ユルゲン・クロップのもとには、イングランド、ブラジル、オランダ、エジプト、セネガルなどの代表選手が集結し、国内リーグで1年以上も負けていない。今シーズンのリーグ戦では開幕から24勝1分と、モンスター級の強さを見せつけている(数字はいずれも2月4日現在)。
欧州ナンバー1を決めるチャンピオンズリーグ(以下CL)では、2シーズン連続で決勝進出を果たし、昨シーズンは通算6度目の優勝を勝ち取った。昨年12月には、各大陸の王者が争うクラブW杯も制している。
欧州の強豪と呼ばれるクラブでプレーした日本人選手は、これまでにもいた。長友佑都、香川真司、本田圭佑らは、CL優勝経験を持つクラブに所属した。ただ、在籍時のリーグのレベルとクラブの充実度は、南野が加入したリバプールFCが群を抜く。
欧州の頂点に君臨するビッグクラブに招かれたのは、日本サッカー界の歴史でもトップ5にランクできる。八村塁のNBAウィザーズ入りにも負けないインパクトだ。
Jリーグのセレッソ大阪でプロになった南野はゴールセンスに優れるアタッカーだ。15年1月初旬に19歳でレッドブル・ザルツブルク(オーストリア)へ移籍し、同国屈指のクラブで地力を蓄える。2016年には23歳以下のチームで争われるリオ五輪に出場し、2018年ロシアW杯後の日本代表では定位置をつかんでいる。
クラブレベルでのステップアップは、昨年10月のCLをきっかけとする。リバプールFCの本拠地で、1得点1アシストを記録したのだ。南野のザルツブルクは3対4で敗れたものの、リバプールが公式戦で3失点以上したのは今シーズン初めてだった。主力が漏れなく出場した試合では、その後も2失点が最多である。欧州でも指折りの堅守を打ち破った活躍はクロップ監督の眼に留まり、25歳の誕生日を前に移籍を勝ち取ったのである。
リバプールFCの攻撃陣では、ブラジル代表フィルミーノ、エジプト代表サラー、セネガル代表マネの3人が不動のレギュラーだ。すぐにスタメンをつかむのは、南野でなくとも難しい。
とはいえ、彼が新加入選手と見なされるのは5月の今シーズン終了までだ。リバプールFCとは24年6月末まで4年半の契約を結んでいるが、今後も即戦力が加入してくるわけで、南野は追いかける立場から、追われる立場に変わっていく。そして、サッカー界の25歳は決して若手ではないのである。
南野はクロップ監督に複数のポジションで起用されている。これは多くのアタッカーに共通するタスクであり、指揮官と何人かの中心選手とは、オーストリアで身につけたドイツ語で意思疎通ができている。日本人選手の海外移籍で課題とされてきたコミュニケーションに支障はない。どのポジションでも迷いはないはずだ。成功する準備は整った!と言っていいだろう。
だが、リーグ戦2試合目の出場となった2月1日のゲームでは、FWのサラーに得点機を譲るような場面があった。いまはまだ、チームメイトへのリスペクトが先行している印象がある。
控え目では、いけない。周りの選手に合わせるだけでなく、自分の良さを引き出してもらうための働きかけをするのだ。具体的には、相手守備陣と駆け引きをしながらラストパスを引き出す持ち味を、リバプールFCでも繰り返し表現していく。シュートシーンでは迷わず打っていい。ザルツブルクでも、そうやって結果を残してきたのだ。少しぐらい強引なプレーがちょうどいい。
リバプールFCのユニフォームを着た南野にとって、プレミアリーグはもはや憧れや夢を抱く舞台ではなくなった。プロフェッショナルとしての存在意義を問われる戦場である。ゴールというくさびを絶えず打ち込むことで、リバプールFCの、プレミアリーグの歴史に『MINAMINO』の名前を刻んでいくのだ。
Kei Totsuka
1968年、神奈川県生まれ。法政大学法学部卒業。サッカー専門誌記者を経て1998年からフリーランスに。『Sports Graphic Number』(文藝春秋)をはじめとして、雑誌やウェブ媒体にサッカー、ラグビー、ランニング、バドミントンなどの原稿を寄稿する。著書には『日本サッカー代表監督総論』(双葉社)などがある。
Words 戸塚 啓 Kei Totsuka