主役を演じる俳優のホアキン・フェニックスは、出演オファーを受けた際、「役を受けるかどうか」迷ったという。その理由とは?(写真:ⓒ2019 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved TM & ⓒ DC)

映画『ジョーカー』の勢いが止まらない。映画は先週末、北米で10月の公開2週目成績としては史上最高の5500万ドルを売り上げた。他国でも好調に売り上げを伸ばしており、世界興収は早くも5億5000万ドル弱に達している。

これは、ジョーカーを演じたホアキン・フェニックスの個人記録。アカデミー賞候補入りもささやかれている今作が、フェニックスのキャリアにおける代表作となったのは、もはや疑いない。

最初は役を受けるか迷っていた

しかし、フェニックスは、このオファーを受けたとき、すぐに承諾してはいない。それどころか、相当に迷い、何度かトッド・フィリップス監督とミーティングを持った末に、決断を出している。「自分にできるかわからなかったし、このキャラクターをどう理解していいのかわからなかった」(フェニックス)のが、理由だ。

一方で、フィリップス監督にとって、主人公のアーサー役はホアキン・フェニックス以外にいなかった。特定の俳優をイメージして書くことは、その人がやってくれない場合を考えて避けたほうがいいのだが、彼はあえてそれをやっている。

「特定の人を思い浮かべずに書けるほど、僕はライター(脚本家)として優秀じゃないのでね」と、映画公開前の筆者とのインタビューで、フィリップス監督は、いかにもコメディ出身らしいユーモアを持って語った。

「第2候補は、いなかった。もしホアキンに断られたらどうするかは、考えなかったな。時間をかけて一生懸命書いたものを捨てたとは思わないけれども、さて、どうしただろう。ホアキンを選んだのは、恐れを知らない役者だからだ。彼は、中途半端なところで止まったりしない。そんな人に徹底的にやらせたら、どうなるのか。僕はそれを見てみたかった」

オファーを受けるかどうか決めるにあたり、フェニックスは、自ら望んでオーディションをしてもらっている。突然笑い出してしまう症状を抱えるアーサーの、あの独特の笑いが自分にできるのか、フィリップス監督に確認してもらうためだ。

自分から言いだしたテストでフェニックスが苦しむのを見て、フィリップス監督は、「もういいよ、君はこんなことをやらなくてもいいんだ」と止めようとしたが、彼は「いや、これはやらないと。あなたに、僕の笑いが自然だと思ってもらえないことには、この役を引き受けるわけにはいかないんです」と主張したという。

あの「笑い」はどうやって生まれたのか

そもそも、フェニックスをこの役に引き込んだのも、笑いだった。フィリップス監督は、彼との最初のミーティングで、アーサーと同じような症状を持つ人々の動画をいくつか見せているのである。

「それは、それまで僕が持っていたジョーカーのイメージからほど遠いもので、奥に強い感情を見るような気がした。何かが中から噴き出そうとしているような。アーサーは抑圧されてきた人。それが笑いを通じて噴き出している。そこに僕はとても興味深いものを感じたんだ。同時にそれは最も不安な部分でもあった」と、フェニックスは筆者とのインタビューで振り返っている。笑いは、また、アーサーの変化を微妙な形で見える役割も果たした。

「みんなが気づくかどうかわからないが、最後のシーンでアーサーがタバコを吸いながら笑うところで、その笑いはそれまでと違う。バスの中や、コメディークラブで見せた笑いとは、違うんだ」と、フィリップス監督。最後になって、ようやくアーサーは“普通に”笑うのである。

「僕とホアキンは、普通の、自然な笑いと、症状の笑いの違いについて、相当に話し合ったんだよ」。フィリップス監督とフェニックスは、そのような話し合いを、あらゆることについて、延々と続けた。だが、典型的なリハーサルはやっておらず、現場でガチガチに指示をすることも避けている。フィリップス監督はもともと役者に自由を与えることを好むのだが、さらに「ホアキンみたいに才能のある役者を雇ったのに、『このドアから入ってきて、こんなふうに歩いて、ここに座ってくれ』なんて細かい指示をするなんて、ありえない」と思ったからだ。

「そうじゃなくて、彼には、ただ部屋を見せて、『さて、君は何をやってくれるかな?』と言う。それは、即興とはまた違う。ホアキンみたいな役者には、そういう緩いアプローチがベストだと思う」(フィリップス監督)

印象に残るシーンのいくつかも、そんな中から生まれた。アーサーのダンスは、そのひとつだ。

「バスルームで彼がダンスをするシーンは、脚本になかったものだ。階段のシーンも、『頭の中で音楽が流れる中、踊るように階段を降りる』とあっただけ。それを読んでホアキンが、『どんな音楽?』と聞いてきて、僕らは話し合った。僕は彼に、アーサーは社会からのけものにされている、要領の悪い人だけれども、音楽への愛に満ちた人だとよく言った。そういうところから来ているんだよ」(フィリップス監督)

ダンスに関しては結果的に振付師の助けももらったが、「基本的には、多くの動きは事前に決められていたのではなく、現場で生まれている」と、フェニックスは語る。彼がピエロのメイクを自分でやろうと試みたこともあった。

だが、「自分でやったメイクを写真に撮ってトッドに見せたところ、『やはりプロのメイクさんにお願いしよう』と言われた」(フェニックス)そうだ。

「彼女は優秀だった。でも、何か違うとも感じたんだよね。自分でメイクの練習をしていたとき、顔を白塗りだけした段階で撮った写真があったんだが、僕はそこに何か不気味で、怖いものを感じていたんだ。それで、トッドに、1シーンだけこの状態でやってみたいと言ってみたのさ」(フェニックス)。それが、最後のほうに出てくる、彼のアパートでの衝撃的シーンだ。

唯一「他人任せにした」シーン

そんな彼も、あるひとつのことに関しては、他人任せにしている。スタントだ。ピエロ姿の彼がタクシーにぶつかったり、殴られたりするシーンは、すべてスタントマン。これらも最初は全部自分でやると意気込んでいたのだが、ゴミ箱のまわりで何かを蹴るシーンをやったところ、早速ケガをして、その日の彼の撮影は、そこでおしまいになってしまったのである。

「それ以後は、たとえ1ブロックだけ走るシーンでも、他人にやってもらったよ」と、恥ずかしそうにフェニックスは告白した。いくら完璧主義でも、人間は人間。それくらいの隙は、自分でも許してあげようではないか。