国立公園の設立が「最悪の出来事」だった理由

ピューマによる家畜の被害が止まらない。観光化が解決につながるという意見も

2018.12.12
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冬の夕暮れ時、チリのトーレス・デル・パイネ国立公園付近の斜面で、ピューマの母子が身を寄せ合っていた。PHOTOGRAPH BY INGO ARNDT

 ピューマ(学名Puma concolor)は、米国アラスカ州南部からチリ南部まで、南北米大陸で最も生息範囲の広い陸生哺乳類だ。なかでも生息数が最も密集しているとみられているのが、南米チリのトーレス・デル・パイネ国立公園の周辺。この公園内でピューマは保護されており、グアナコ(リャマの仲間)などの獲物もたくさんいるうえ、オオカミのようなライバルもいない。

 100年以上にわたって、牧場主たちはこの地域のピューマが増え過ぎるのを抑えてきた。だが1970年代に国立公園が設立され、ピューマとグアナコの狩猟が禁止された。その結果、両者の数は著しく増え、食料を求めて公園外の私有地に姿を現すようになった。

襲われた羊は通算3万頭

「国立公園の設立は、私たち牧場主にとって最悪の出来事でした」とアルトゥーロ・クルーガー・ビダルクルーガーは語る。公園を離れたピューマのなかに羊を襲うものが出てきたからだ。公園の設立以来、ピューマに襲われた羊の数は約3万頭にのぼるとみられ、羊毛と羊肉の売り上げに多大な損失が出ている。

 現在、公園内のピューマは50〜100頭と推定されている。公園の外にはどれだけ生息しているのか、正確には把握されていないが、牧場主たちは合計で年間100頭ほど駆除しているという。

 ブラジルでジャガーを見学するツアーが広まったことを踏まえ、ピューマも収入源になるかもしれないと提案するエコツーリズムの人間もいるが、牧場主たちは、ピューマの駆除を続けながら、ピューマを見に来た観光客からお金をもらうわけにはいかないと考えている。

 ただし、例外もある。かつて国立公園付近で牧場を営んでいたゴイック兄弟だ。彼らは5500頭の羊を飼っていたが、吹雪やピューマの襲来が重なり、約100頭にまで減ってしまった。今は年間800人ほどの観光客を受け入れ、約60平方キロの敷地内でツアーを行って、結構な収入を得ている。

 パタゴニアのピューマは、羊ではなくグアナコを狩ることが多いようだ。だがホルヘ・ポルタレスのような牧場主にとって、そうした事実は何の慰めにもならない。彼は1シーズンで、全体の24%に当たる約600頭の羊をピューマに襲われた。そこで一度、家畜を牛に切り替え、その後、番犬を飼って羊を再導入したが、ピューマの襲来は続いた。

「トーレス・デル・パイネのそばに住む者の宿命ですね。うちではもう羊は飼えません」と、ポルタレスはため息交じりに語った。現在は、牧場内での乗馬体験やラム肉のバーベキューといった企画で観光客を招いている。将来的にはピューマの観光を考えているという。

※ナショナル ジオグラフィック12月号「パタゴニアのピューマ」では、ピューマによる家畜被害が止まらないパタゴニアで解決策に悩む牧場主たちの苦しい声を紹介します。

文=エリサベス・ロイト/ジャーナリスト

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