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石川善樹が教える、「自由な発想を生みだす思考法」。

自分でも気づかないうちにハマってしまいがちな思考の癖。固定観念から抜け出して、自由な発想を生むためのコツとは? 発想力を鍛えるための基本的なハウツーを探るべく、予防医学・行動科学研究者の石川善樹氏に脳の構造や思考法にまつわる話を聞いた。

発想の転換に役立つ、脳の構造と思考法。

「発想の転換」は非常に難しいことです。いつもと異なる場所に出かけて会う人を変えることで、間接的に考え方に変化をもたらすことは可能です。ただ、発想法を根本から変えるには、まず自分がどう発想しているか知らないといけません。例えば「どんな料理をつくるか?」という問いに対して、あなたは何から考え始めるでしょう。冷蔵庫の中身からか、レシピサイトのランキングからか、自身の健康状態からなのか……。自分がたどっている思考を俯瞰してメタ的に把握できなければ、発想法そのものを変えることは困難です。

発想に使われる脳のネットワークは、3種類あります。それぞれデフォルト・モード・ネットワーク(以下、DMN)、セイリエンス・ネットワーク(以下、SN)、エグゼクティブ・ネットワーク(以下、EN)と呼ばれていますが、いずれも得意な思考法が異なります。DMNは「直観」を使って、アイデアの量をとにかく出すときに活性化します。一方、SNは出たアイデアを3つに絞るようなときに使われます。これは「大局観」と呼ぶべき考え方です。最後に、絞られた3つを「論理的」にひとつに決める必要があります。ENが活性化するのは、このときです。直観で発想しているときは「あれ、ちょっと待てよ?」、大局観は「そもそも、これはどういうこと?」、論理は「ということは、こう?」というセリフが口から出てくるようなイメージです。

実は「男女の間に友情は成り立つのか?」といった世の中で考え尽くされた問題と、「人工知能はファッションにどう役立つのか?」といった誰もあまり考えたことのない問題では、解決に適した思考法は異なります(図)。というのも、分析すべき情報量が違うからです。何も調べずに考え始められるような新しい問題には「直観」が有効ですし、他人の思考をある程度調べなければ解決に結びつかない問題では「論理」を使って情報を整理する必要があります。一方で、あらゆる人に考え尽くされた問題を解くには、「大局観」が必要になってきます。大量の情報を新しい切り口で考え直して、誰も考えていない空白地帯を見つける。それを論理的に分析しなければ、答えにはたどりつかないからです。

好き嫌いや流行を超えて。

新しいアイデアを生み出すためには、3つのネットワークを自在に行き来しなければなりません。僕がファッションを好きなのは、大局的に過去の歴史を振り返った上で、予想できない新しい方向へ向かう動きが多いからです。シャネルや、ディオール、サンローランといったブランドのコレクションを見ていると、デザイナーたちが何を企んでいるのかがわかります。直観的な好き嫌いや論理的な思考だけですべてが決定されているのではなく、ファッションという大きな歴史のなかに商品が位置づけられている感覚があるのです。単なる好き嫌いや流行りの問題に終始しないといってもいいでしょう。だからこそ、これらのブランドは、ファッションのニッチな領域に留まらず、広大な世界を切り開いていくことができるのです。どれかひとつのネットワークしか使えないと、本当にクリエイティブな発想をすることは難しいのでしょう。

3つのなかで最も鍛えることが難しいのは、大局観です。論理的思考のトレーニングは、比較的簡単。ロジックのパターンを学べばいいのですから。また、直観とは、突き詰めれば好き嫌いのことなので、新しい体験をして好きと嫌いを判断する基準の精度を上げていけばいい。ただ、大局観を鍛えるためには、何事においても「そもそも」を考える必要があります。自分にとってファッションとは何なのか? といった哲学的な問いを、常に考えないといけません。

何かクリエイティブなことをやってみるのが、発想の訓練には一番だと思います。多くの人は直観と論理だけで思考しようとしてしまいます。厳しい言い方になりますが、直観でインスタグラムから自分が着たいものを選んで、それを少しだけアレンジして着るような女子高生は「クリエイターもどき」でしかありません。大局観がないと、ゼロからイチを生み出すことはできないのです。ほとんどの人が何かをつくり出すよりは、何かを消費して楽をしたい。「発想」の力をつけるには、自分はクリエイターなんだという覚悟を決めるしかありません。

3つのネットワークをバランスよく使う仕事のひとつは、雑誌の「編集」なんじゃないかと思っています。例えば大量に撮影した写真の中から最終的に誌面に掲載する1枚を決断しなければいけないわけですよね。大局観を使って、3枚の写真にまで絞り、最終的に使用する1枚の写真を、論理的に決定する。自分を主語に考えるのが直観で、世の中を主語として考えるのが大局観、そして結果への道筋から考えるのが論理です。編集者は、この3つの構造のすべてを行き来しなければならない。だから発想を転換させたい『VOGUE JAPAN』読者の皆さんは、自分がこの雑誌の編集長なら次に何を特集するか、考えてみるといいと思いますよ(笑)。

石川 善樹
1981年生まれ。予防医学研究者。東京大学医学部健康科学・看護学科卒、ハーバード大学公衆衛生大学院修了、自治医科大学にて博士号(医学)取得。トップアスリートやプロの棋士が集中する仕組みの解明などに取り組む。「人がよりよく生きるとは何か」をテーマに、大学や企業と共同で学際的な研究を行う。著書に『疲れない脳をつくる生活習慣』(プレジデント社)、『最後のダイエット』(マガジンハウス)、共著に子ども向け理系絵本『たす』(白泉社)がある。

Interview & Text: Shunta Ishigami Illustrations: Aiko Fukuda Editor: Airi Nakano