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冨永愛 × 小島慶子「ファッションの今と未来」を語る。(後編)

モデルを極めた後、ラジオやテレビ、 イベントのパーソナリティとしても活躍を続けてきた冨永愛。 2014年から事実上の休業となっていた約3年の間、 彼女はいったい何を思い、どんな人生を生きてきたのか。 休業前から仕事を通して交流のあった小島慶子が聞き手となり、冨永愛の現在に迫ったロングインタビュー。『VOGUE JAPAN』2017年12月号より、一部を抜粋してお届けします。 (前編はこちらから)

本物ってなんなのでしょう。

冨永 あと……やっぱり、デジタル化が進んでいるじゃないですか。私がびっくりしたのは、ランウェイのフィナーレでほぼ全員がスマホをかざしている、っていう光景。「え!?」って思った。

小島 前はプロのカメラマンしかいなかったわけですよね。

冨永 すごく神聖な場だったんですよ。客席にいらっしゃる皆さんにとっても、モデルにとっても。でも今は、世界のどこからでもスマホの画面を通してそれを簡単にライブで見られる時代なので……神聖で、とてもクローズドだったものが、ものすごく身近なものになってきている。モデルも、もっと身近な存在になってきている。昔は私みたいな宇宙人みたいなモデル、いわば「普通の人とまったく違うモデル」がステイタスだったけれど、今はもっと身近に感じられるインスタグラマーやブロガーと呼ばれる人たちがモデルとしてランウェイに出てきているでしょう。だからこそ、今、「本物」が問われると思うんです。

小島 なんだろう、「本物」って。人の手がかかったものであったり、人の前に立つときの心のありようだったりということでしょうか。

冨永 そうですね。うまく言えないけれど……たとえば、日本の伝統工芸は長年の鍛錬を経て作り上げられるものであって、その日一日だけで作られるものではないですよね。一つの個性として、人間としても、モデルとしても、私はそういう存在でありたいと思います。

小島 もてはやしている側にもどこかでやっぱり「インスタとかでちょっとブレイクしたくらいで調子にのってない?」っていう気持ちがあるんじゃないかと思うんですよね。その危うさは、もしかしたら裏打ちのなさへの不安の表れなのかもしれない。それに、あの写真に出てくる自意識にも疲れてきた。みんなとても上手に撮っているけどあれは本当に絶え間ない自意識の発露で。人の自意識をずっとぶつけられるのって、けっこうつらいんですよね。そして「自意識」と「表現」とはまったく違うもので、愛さんがランウェイでやってるのは自意識の押し付けではない。あれは、表現。表現っていうのはつまり対話だと思うんですよ。今、なんだかすごくキレイなものを見たんだけど自分は何を問われたんだろうっていう問いがあって、それを「ステキ!」って、返す。それは対話ですよね。とても素敵な愛さんがランウェイを歩いている、雑誌に載っている。そしてそれに心を奪われる。「今、私は何を見せられてるんだろう、何を問われてるんだろう」。そこから自分の中での旅が始まっていく。

冨永 こちらも素敵なもの、人の心に残るようなもの、もっと言えば、人の人生を揺さぶるようなものを見せたい、問いかけたい、と思って本気でやってきましたからね。

小島 誰もがインスタでモデルになれるよって言われているけれど、そんなふうにみんなの頭の中の限界を超えたものを出せる人はほとんどいない。身近な存在は、気軽に消費するにはちょうどいい。でも自分とかけ離れた存在の中に図らずも自分自身を見出したときに、人って本当に自由になるんじゃないかと思います。表現ってそういうものかなと思うんですよね。表現者はその人自身の内なるものを表すだけでなく、見る者の奥深くに眠っている、未だ形を得ていない感情を解放するのかもしれないと。決して身近な存在ではないからこそ、自分が表現者でなくても、自分の中に眠っていた、表現に気づかせてくれるものに出会う……そういうことが起きると思うんですね。決して身近な存在ではないからこそ、冨永愛を見ると、自分の中で成就できなかった冨永愛がそこで形になる。そんなことが、あると思うんですよ。愛さんのような骨格は与えられなかったけど、私の中にある愛さんのようでありたいという気持ち、それが私の想像力を超えた形で写真になり、映像になり出てきたときに、高揚感に変わる。それは愛さんが同じ日本人っていうのが大きいのかな。そういうものがもしかして今必要なのかなって。

もっとやれたかもしれない。そう思うこともある。

小島 ここ数年でアジア人モデルがぐっと増えたのはどうご覧になってました?

冨永 アジア系のモデルは、すごく増えましたね。私の頃は、1つのショーにアジア人は1人だけというような、そんな狭い枠しかなかった時代でしたから。それが、今では1つのショーに5、6人アジア人が出られるように増えた。やっとそうなったか、と。

小島 大変でしたか、昔は。

冨永 そうですね。アジア人が1人も出られないショーだってありましたしね。ただ、本質的なことでいうと、今の時代のモデルのほうが大変だと思いますよ。私の頃は「アジア人」であることが個性だったけれど、今ではアジア人の中でもそれなりの個性が求められるし。

小島 言い方は悪いけど、いくらでも代わりはいると。

冨永 昔は、「アジア人のスーパーモデル」をすごく重宝してもらえたのでね。ただ、それはそれでものすごく大変だったけど(笑)。楽しかったですけどね。

小島 楽しかったですか。

冨永 実際には二度とやりたくないと思うくらいの戦いの日々でしたけれど、今振り返ると楽しかったことばかりを思い出します。でも、もう少しやれたんじゃないかって……もっとあそこで、もっとやれていたら、もっと違う方法でやれていたら……また違う今があったんじゃないかなと思うこともありますよ。

小島 そうなんだ……。いつぐらいに、そう思ったんですか?

冨永 うーん。ここ7、8年くらいはずっと思ってましたね。自分がモデル以外の仕事にも挑戦し始めたから、そう思うようになったのかもしれないです。テレビとかラジオとか、他のことをやり始めたときに、違う視点から自分を見られたんでしょうね。モデルとして私は未熟だったなと思うし、真面目にやってたつもりだったけど、それはただの「つもり」だったんじゃないかと思うところもある。今ではこの道を選んで本当によかった、と思ってますけどね。

小島 今、そう思えるのは年齢を重ねたから……?

冨永 そうかもしれないですね。いろんなことがあったからじゃないですかね。私、10代の頃はほんっとうにやんちゃだったんですよ。アニー・リーボヴィッツに撮影してもらったときでさえ「アニーって誰?」って言ってたくらいなので(笑)。今思えばとても恥ずかしい話ですが。

小島 頭でっかちじゃないところがよかったんでしょうね。変に委縮もしてないし。若気の至りっていったらあれですけど。

冨永 ティーンエージャーだったからギリギリ許されたんだと思いますね。撮影現場で一緒に並んでいたベン・スティラーに「Who are you?」って言っちゃったりとか(笑)。

小島 アハハハ! あのベン・スティラーに!? 『メリーに首ったけ』『ナイトミュージアム』などで有名ですよね。

冨永 背が高いモデルたちの中で一人だけ小柄な男の人がいて。「なんだろう? この人、なんだろう?」って。でも聞けないんですよ、英語もわからないから。でもとりあえず聞いちゃった。「Who are you?」って。

小島 (大爆笑)さすが愛さん! 答えてくれました?

冨永 わかんない(笑)。言われても英語がわからなかったので。今思うと本当に失礼ですよ……。

モデルとしての、新たなる挑戦が始まる。

小島 それを言えば私も、20代の頃の自分に会いに行ってパンチしたいようなこと、失礼なことや恥ずかしいこと、いっぱいありますけどね。

冨永 あのときなんでちゃんとお礼が言えなかったんだろうとか、なんであんな言葉を言ってしまったんだろうとか「なんであのとき、こうしなかったんだろう」のほうが多いですね。

小島 10代に戻ってやり直すことはできないけど、学んだことは今に生きていますよね。これから大切にするのは、具体的にはどんなこと?

冨永 チャレンジすること、に関してかな。モデルとしてどこまで現役でいられるかとか。自分でクリエイトしていくこととか。

小島 このところ一気にダイバーシティがテーマになって、どの業界でも、かつてなく多様であろうという動きがあるでしょう。モデルもいろんな体型の方とか、かつて一世を風靡した方がカムバックするとか、中性的な方とか、ものすごく多様になってきていますし。そういう変化ってどうですか? 豊かになったファッションの世界に、もう一回立つというのは。

冨永 楽しみですよね。そこで自分をどんなふうに受け入れてもらえるか。また新たな世界だと思うので、今までとはまったく違う多様性の中に自分がポンと入ることが、とても楽しみです。

小島 愛さんご自身で、あの人みたいになりたい、というようなロールモデルのような人はいるんですか?

冨永 いないんですよね。特に日本にはいない。だから、それを私がつくらなきゃいけないと思っています。モデルのキャリアについて言えば、やっぱり海外で本格的にファッションモデルとして活動して、日本に帰ってきてまた海外でも評価されて、というロールモデルがほとんどいないので。スーパーモデルと言われて積み重ねてきたキャリアのその後とか、そういう例が日本には全然ないので、それは自分がつくっていかなきゃいけないなと思います。こういう道があるんだ、と思ってもらえるような。だから……頑張ります。今は、それしか言えないので……私がどんなふうに進化していくか、見ていてくださるとうれしいです。

Photos: Eric Guillemain Interviewe: Keiko Kojima Hair: Jun Goto Makeup: Yuka Washizu Stylist: Rena Semba Editor: Mayumi Nakamura