「TDK Attracting Tomorrow Lab」落合陽一さんインタビュー:波動とAI、メタマテリアルの関係を解く

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    「TDK Attracting Tomorrow Lab」落合陽一さんインタビュー:波動とAI、メタマテリアルの関係を解く
    Image: Copyright(c) 1996-2016 TDK Corporation.All rights reserved.

    ものが浮く現象ってとても神秘的ですよね。「TDK Attracting Tomorrow Lab」から公開されたのは、たまご、りんご、そしてケーキを浮かせる実験映像。こちらの実験を手がけたのは、メディアアーティストで筑波大学助教の落合陽一さんです。まさに魔法のような「ものを浮かせる」アートは、一見CGかと思ってしまうほど。今回、落合さんによる実験の舞台裏やこれまでの経験談、最先端の研究テーマについてお話を聞いてきました!

    磁石の力でものを浮かせる「TDK Attracting Tomorrow Lab」

    Video: TDK Official Channel/YouTube

    ──今回の実験では、磁力球や円盤型磁石をりんごやケーキの内部に仕込み、コンピューターで制御された電磁石のうえに配置することでバランスをとりながら浮かせる仕組みとのことでした。実験でものを浮かせるコツはなんでしょうか?

    落合陽一(以下、落合): 磁場は目に見えないから、場所を覚えつつ指先で場所を探りながら乗せていくんです。前に『Levitrope』を作ったおかげでこういうのは得意なんです。今や手のフィードバックだけで磁力線を探り当てて乗せられるようになりました(笑)。とはいえ、「たまご篇」は3カットくらいで撮ったんです。レールカメラでのワンカット撮影だから、もたつくとうまく撮れないんですよね。

    ──浮かせるのがもっとも大変だったのはどれでしたか?

    落合: 「ケーキ篇」は大変でした。驚かれるかもしれませんが、あれは本物のケーキなんですよ。真ん中に磁力盤は埋まってるんですが。ああいう柔らかいものを乗せるのは大変なんです。乗っけたと思ったときにうっかり机を小突いてしまったら落ちるし、そうしたら当然べちゃーってなりますしね。また、火もついているから本当に怖くて。子どもたちが頭を挟んだらどうしようとか思いながら見ているわけで。それに、実は映ってはいないんですが待機している人がいて、失敗するたびに横でケーキを作り直してるんです。

    Video: TDK Official Channel/YouTube

    落合: そういった失敗は熱が問題なんですよ。実験に使用しているフェライト磁石は温度が変わると磁性が変わっちゃうんです。つまり、制御コイルがミスをしだすと、摩擦がないから止まらなくなって、装置もどんどん過熱していってしまいます。最後に磁性が変わるあたりでバランスを崩しちゃう。なので、制御系が発振しだしたらすぐ気づかないといけないんですよ。

    ──その変化にはどうやって気づくのでしょう?

    落合: 気配で気づくしかないですね。些細なことでなるんですよ。たとえば「りんご篇」で大変だったのが、ハサミ。ハサミは強い磁性体なので、近づけるとバランスが取れなくなってりんごが落ちてくるんですよ。

    Video: TDK Official Channel/YouTube

    ──実験のときは身に付けるものや研究室での物の置き場所に気を使いそうですね。

    落合: 腕時計などは外していましたが、これまでにクレジットカードは磁気が狂って2枚くらいお釈迦になりました。今回作った磁気レールは、SIGGRAPHのためにロサンゼルスに持って行ったのですが、飛行機に乗せるのにも審査で止められるなど、大変でした。磁場浮上は油断しているとすごいスピードでものが飛んでいくし、なかなか危険なんです。捨ててしまうのはもったいなくて持ち帰りましたが、研究室でもあまりに危なそうだったから今は筑波大学の倉庫にあります。

    人類が地球から宇宙に出るまでは、ポップなエンターテインメント

    ──以前、超音波を使って物を浮上させる実験をされていましたが、超音波以外でものを浮かせる場合どのような方法があるのでしょうか?

    落合: 光や空気などです。空気を下から流して球を浮かせるのはよく見ますよね。超音波は空気の振動で物を挟んでいるようなものです。光は、光ピンセットといって光の屈折の間に物を挟み込むことができます。浮くといっても細胞のような微細なものを操作するのに使えるんじゃないかな。あとは非磁性体に渦電流をかける電場浮上や、超伝導体といって磁場がかかると浮いた状態でピン止めされるという方法もありますね。「TDK Attracting Tomorrow Lab」では最初超伝導でやろうと思ってたんですが、実際は使いませんでした。

    Video: Yoichi Ochiai/YouTube

    ──「浮く」という表現以外に、磁場とコンピューターを使ってどのような感覚を体験できるのでしょうか?

    落合: 「浮く」というのは、非接触で3次元空間の特定の位置に特定の力をかけられるということなんです。だから触覚の体験とも近い話ができます。たとえば磁気カードがセンサーに反応するとき、「カチッ」と触覚があるとかですね。また、磁場は非接触でものを動かせるから面白いんじゃないですか? 自然にふーって浮いてるものが増えていくと思いますよ。日常にはまったく役に立ちませんが。ただ、浮いてるものって綺麗じゃないですか。たとえば去年六本木ヒルズに飾っていた『Levitrope』ですけど、綺麗ですよね。

    Video: Yoichi Ochiai/YouTube

    落合: あとは、実験中浮いてる状態でスタッフさんが卵の塗装をしていて、めっちゃ面白かったです。「今回の卵は浮いてたんで、表面綺麗に磨けました!」って言ってましたね。プラモデルとか乾燥させるのには役立つんじゃないですかね?

    ──面白いですね(笑) あとはどんなふうに役に立つのでしょう?

    落合: B to Bでは用途はたくさんあるんですよ。対象物のどこにも触れることなく加工したり塗ったり、混ぜたりが可能なので結構便利です。たとえばお腹の中にカプセルを入れて、外側から動かすことで無線の内視鏡が作れるかもしれませんね。導力を本体に入れなくてもいいので、いろいろ使い道はあるわけですよ。医療や工業の分野では役に立つでしょうね。でも、生活の役に立つわけじゃないです。生活の中だったら不安定で危ないじゃないですか。

    ほかには死角がないライトが作れるかもしれないですね。直接全方向に光った状態で浮いていられるから、電球に影ができません。信号機にも良いかもしれませんね、赤い玉や青い玉が浮いているというように。死角がないから微妙な角度からも見やすいですし。 そのほかには完璧に正円のアイスクリームとか変な料理を作ることはできるとは思うんですが、エンターテインメントですよね。地球にいる間は役に立たない。宇宙にいれば相当便利だと思いますけど。

    ──宇宙ではどのように役に立つのでしょう?

    落合: 宇宙ってそもそも重力がないから、対象を同一平面に置くのが極めて難しいんです。だから何らかの3次元外力によって物体を固定しないといけない。つまり、ものを定位置にピタッて置くってことがそもそもできないんですよ。なので宇宙では机が机として機能しないのですが、それを固定できるようになりますよね。

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    Image: ギズモード・ジャパン

    落合: たとえば宇宙飛行士が無重力空間でプカプカ浮いている液体を口でキャッチして飲み込んだりしていますよね。でも宇宙で日常生活を送るとしたら、毎日ご飯を食べるときや会食ではそんなことはしません。今回の技術を利用すると、空間に何もないけどお盆がピタッと静止していたり、お皿が並んでいたりして、普通に食事はしているけど下に机はない、みたいなことができます。宇宙では物体が動かないようにするためにこの技術が役立ちます。

    ──対象のものの大きさによって浮上に限界はありますか?

    落合: 宇宙だとかなり際限ないレベルで力はかけられますよ。ただ、超音波による浮上は音の大きさに限られてきます。仮に音量を制御したとしてもトランスデューサーの間でしか浮かないので、大きさに限りがあるんですよ。磁場浮上の場合、浮かせるものの大きさに限りはありません。ですが、磁性体じゃないとダメといった条件はあります。電場浮上でも材質は限られてきますね。ちなみに芝浦工業大学の実験で超伝導体を使ったところ、ちょっとですが磁石の上で力士も浮いていました(笑)。

    ──ものを浮かせる高さには限界はありますか?

    落合: 磁場浮上であれば、基本的にスタビライゼーションによります。永久磁石と永久磁石の反発を電磁石で切り替え続けて浮かせるんですよ。かなり強力な電磁石を使って、磁性体じゃないものを反発させれば、1mとか結構高く上がります。だからもっと高く浮かせるものも作れますよ。最近そこにちょっと興味がありますね。

    波動と自然の関係、人工知能、最適化したメタマテリアル

    ──今回の実験も含め、2017年のテーマとしていることは何でしょうか?

    落合: メタマテリアルです。透明人間の話とかでよく出てきますね。光が反対方向に曲がるとか、構造的に負の屈折率を持っているとか、そういうものでしょうか。変形要素としてそもそも既存の構造物と違うような変形のことです。

    落合さん綺麗なやつ.jpg
    Image: ギズモード・ジャパン

    落合: 我々の 去年までのメタマテリアル研究は、変形する3Dプリンターでの出力に関するものでした。たとえば、バネは普通自由に曲がるじゃないですか。そうではなくて、一次誘導でしか変形しないバネ構造を作るなどしていました。たとえば一方向にしか変形しないうさぎのモデルが作れるんですよ。コンピューターグラフィックで形をデザインしてからシュミレーションにかけて特定の構造のみを変形できるようにします。それを最適化して3Dプリンターで印刷するというようなことをしていました。

    Video: Digital Nature Group/YouTube

    落合: 今年は波動とメタマテリアルを組み合わせた研究を頑張っているところです。変形構造や反射の構造とか、既存の素材でできなかったような「プリンティングと波動の融合」が、今年のテーマです。

    ──それも、浮上実験のようにあっと驚く動画として公開されたりするんでしょうか?

    落合: 実は今回も、「浮上とファブリケーションの融合」がテーマだったんです。今まで浮いているものといえば外力による作用のものでした。外力の最適化も面白い課題ですが、浮かせるもの自体をどう最適化するかという部分に結構興味があって、2017年は波動だけじゃなくてマテリアルを最適化したメタマテリアルを作りたいですね。

    重要なポイントは、3Dプリンターで刷りあげられる形のバランスや熱伝導といった要素をどのように最適化するのかという点です。このポイントを考えると、たとえば-164度の超伝導体が中にあっても、手で触れて冷たくない構造物を作ることが可能です。超伝導体には冷却ユニットがあり、ものの構造のなかでどこにおいてやると、最適な重心位置に来るのかをまず計算します。そのあと実際にこれを3Dプリンターで印刷すると、計算通りちゃんと浮くことができます。

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    Image: Copyright © 2015-2017 Digital Nature Group

    ──「TDK Attracting Tomorrow Lab」の動画で使われていたケーキなどは複雑な形ですが、実験で浮かせるにあたってはどのように行なったのでしょうか?

    落合: 複雑な形は簡単じゃないです。バランス計算もしないといけません。ですが今は3Dプリンターがあるので、重さや形が自由に設定できます。使っているプリンターは普通のものですが、断熱構造が特殊な要素なので、断熱材があったときの熱伝導をシュミレーションしてから印刷するんですよ。

    ──2016年と2017年の研究テーマについてお聞きしましたが、どういったスパンで新しいものを発表しているのですか?

    落合: 現在研究室には40人くらいの学生さんがいて、毎年テーマを決めて研究しています。年間40個ベースの研究は結構多いと思いますね。今年のテーマは「波動・メタマテリアル・機械学習の融合」で、波と物性と知能がどうやって連携するのかについて考えています。たとえば「目で見たものがどのような形として認識されるか」といった、対象の波から対象の波に変換される対応関係って、実は自然界にはありふれているんです。生物がそうやって判定しながら生きている状況で、対象の波をリアクションに変換する物質自体、たとえば特殊な鏡だとか特殊な構造があったとしたらディープラーニングで解けるはずなんです。このような、知能と運動と波動の三つ巴の関係を解くっていうのが今年のテーマです。

    ──とても大きな範囲での研究テーマなんですね。学生さんの面白い研究はありますか?

    落合: 最近だと「蚕を食べたい」っていう子がいます。蚕でデジタルファブリケーションする研究をしていて、蚕を3Dプリンターとして使うために、曲率を計算して繭で家具を作っています。それで余った蚕をひたすら食べてますね。

    Video: Digital Nature Group/YouTube

    ──それだけ3Dプリンターとして使うには、たくさんの蚕が必要なのですね。つまり、どういうメリットがあるのでしょうか…?

    落合: 昔ネリー・オックスマンが蚕で建物を作っていて、あれくらいマクロスケールだと蚕が繭を作るか作らないかは形とあまり関係ないんですが、今回のようにミクロスケールだとすぐに蚕が働かなくなるから面白いんです。すごくいい点は、一回も縫ってないから蚕がいるぶんだけ生産効率が上がる点ですね。プリンティングヘッドとしてすごく面白いです。繭から糸に紡いでミシンで縫うプロセスだと、ミシン針の本数が出力装置の数になるじゃないですか。ですが、直接蚕が何かを作ると、変換しないぶん蚕の数だけ一度のプリンティング面積が大きくなって効率がよくなるんですよ。さらに役割が終わった蚕、つまり余ったタンパク質は食べられるっていう。家畜から作物を得て、さらに食料も得ていく、21世紀的なアプローチが面白いなと思いましたね。

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    Image: Riku Iwasaki , Kenta Suzuki, Yutashi Sato , Ippei Suzuki , Atushi Shinoda ,Yoichi Ochiai

    ──どうやって蚕に設計通りに作らせるのですか?

    落合: 蚕は上に向かって登っていく習性があるので、曲率やカーブが計算されていると、繭の形が作れないまま糸を張っていくんです。平繭っていう、江戸時代から作っている技術のようなものですね。ただ、カーブがあると裏側で繭を作ってしまう失敗例もあります。なので、それができない形状に型を切り分けて、蚕をひたすら置いていくと、部品がいっぱいできるんですよ。それを組み合わせて、球体や複雑な形を縫わずに作れるんです。

    Video: Digital Nature Group/YouTube

    落合: 上の動画の実験も面白かったな。人間の腕を電気刺激で動かして楽器を演奏させる研究です。右で三拍子左で四拍子って叩きにくいじゃないですか。腕に電極をつけて電気を流すと、機械が腕を使ってこのリズムを叩いてくれます。しかも電極を外したあとも、なんと人間はリズムを覚えてるんです。この研究は「リズムだけは筋肉に直接与えたほうが良いよね」みたいな話から始まりました。電流を流すといっても痛みはありませんし、面白かったです。このように、ネタは無限に出てきます。人もやることもいっぱいあるから、うちのラボでは深度を上げるほうと範囲を広げるほうの両方をやっていますね。

    ***

    取材中、落合さんが繰り返していた「生活の役には立たない!」という言葉が印象的でした。この研究がいずれ日常生活や宇宙開発における進歩の一端となるかどうかは、未来にならないと分からないということなのかもしれません。でもCGのようなのに本当に浮いているケーキを見て子どもたちがはしゃいでいる映像からも、未来への明るい可能性に対する私たちの「現在」あるべき姿勢のようなものを感じました。

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    Image: Copyright(c) 1996-2016 TDK Corporation.All rights reserved.

    ところで、各CMの最後にはメイキングの様子も映っており、試行錯誤の様子を見られます。「TDK Attracting Tomorrow Lab」は、可能性を秘めたテクノロジーを最前線で見据えている落合さんの研究を、アートの面から知ることができるのではないでしょうか。

    Image: Copyright(c) 1996-2016 TDK Corporation.All rights reserved.
    Source: YouTube(12345678), TDK Attracting Tomorrow Lab, SIGGRAPH, Wikipedia, 芝浦工業大学 超伝導材料研究室

    (豊田圭美/インタビュアー: 今井麻裕美)