アマゾン ジャパンが、また出版界を出し抜いた――。

 2月20日付当サイト記事「アマゾンと出版社、容赦ない取次『外し』加速…問われる取次の存在意義、存亡の危機か」で、取次の経営破綻を背景に、出版社に対して直取引契約の勧誘で攻勢をかけるアマゾンの実態に迫った。

直取引の契約内容が出版社にとって、取次を通じて書籍を卸すよりも好条件であるため、直取引する出版社が増えている。これは、新興出版社や小零細出版社が、取次との間で不利な取引条件をのまされている実態にアマゾンが目を付け、結果的に取次を出し抜いた手法が歓迎された結果といえる。

 しかし、それだけではなかった。アマゾンはもっと狡猾に出版界を出し抜く策を用意していた。それが「ハンチョク」とも呼べる仕組みである。これが、出版社との直取引の急増に一役買っているというのだ。
アマゾンが「取寄せ注文特別プラン」という名で呼んでいるこの仕組みは、いったいどのようなものなのだろうか。

 たとえば、アマゾンが取引する取次・日本出版販売(日販)に書籍『A』を100冊注文したとする。日販は「web-bookセンター」というネット書店用倉庫と書籍の送品拠点・王子流通センターの在庫を、アマゾンの引き当て先としている。仮に『A』が合計70冊しか在庫がなかった場合、残りの30冊は『A』を刊行する出版社に日販から注文が飛ぶ。その後、さまざまなケースがあるが、数日かけて残りの30冊を出版社から調達してアマゾンに納品するというのが、これまでの商品の流通である。

 しかし、取次が30冊の注文をしても、出版社側はそれに応えられる書籍とそうでないものがある。
むしろ、満数出せるケースのほうが少ないのかもしれない。それゆえ、アマゾンといえども、取次にない商品の調達率がなかなか上がらなかったという。

 そこで同社が編み出した、この残り30冊を直取引するという仕組みが「半直(ハンチョク)」である。初めは取次在庫をあたる。そこにない商品を確保するルートを自らつくり上げたのである。これによって、アマゾンは全体の調達率が向上し、商品のリードタイムも4日以内に縮まるというメリットが得られるそうだ。


●取次の顔も立てたサービス

 一方、出版社にとってのメリットはなんなのか。ある出版社の幹部社員は語る。

「アマゾンの直取引の支払いの早さや条件が取次との取引よりも良いことなどから、当社のトップは直取引を導入するように社内に指示しました。しかし、もう取次はトーハンと日販しかないといっても過言ではありません。取次の中抜きをするということは、2社に真っ向からケンカを売ることになり、恐いです。昨年12月期にアマゾンへの出荷を完全直取引に切り替えた出版社が32社もあると聞きましたが、そこまでの勇気はありません。
今でも新刊の搬入数(取次からすると仕入数)は絞られています。この『取寄せ注文』なら、まずは取次にある在庫から出荷されるので、取次に対して大義名分がたちます。アマゾンもそのあたりの事情をよく知っているので、『取次の顔も立てたサービス』と謳って出版社に提案していました」

 また、別の出版社営業幹部は語る。

「アマゾンからは、うちで出す全商品が対象といわれましたが、取引条件も当社にとってはよい数字を提示いただきました。しかし、アマゾンから示された資料を見て驚きました。アマゾンが当社に発注した商品や実売、商品調達率などを細かく数字で見せられたのです。
発注金額と実売金額を比べると、かなりの開きがありました。さらに、その差が機会損失だともいわれました。直取引をやれば、調達できなかった商品が売り上げに変わったかもしれない、そういう甘い誘いを受けました。取引条件も合わせて考えれば、出版社にとっては魅力です」

 アマゾンが取次に発注した際の「取次在庫のヒット率」は60%程度だという。裏を返せば、出版社の機会損失が4割くらいに上る可能性もあるのだ。

●恐ろしい数の商品が動くアマゾン

 では、なぜこのような事態が起こっているのか。
出版流通に詳しい関係者は語る。

「アマゾンからは膨大な数の注文が飛んでくるため、取次がアマゾンの注文に100%応えることはできないでしょう。アマゾンの「和書」年間売上高は1500~1800億円だと推測されています。1カ月に150億円もの商品が売れているとは、恐ろしい数の商品が動いているのです。取次とすれば、アマゾン専用の倉庫をつくらなければ、すべての注文に対応できないはずです。それに、1兆5000億円の出版市場の多くを占めるのが書店の売り上げです」

 つまり、取次はアマゾンだけに商品を卸しているわけではなく、書店にもきちんと対応しなくてはならないため、アマゾンのすべての要望に応えられるはずはないというのだ。同関係者が続ける。

「日販のweb‐bookセンターは、1点の書籍を多数在庫するところではなく、1点当たりの在庫数を少なく持って、多品種の書籍を保有しているところです。おそらく1点当たり数百冊が上限ではないでしょうか。ですので、この倉庫だけではアマゾンの膨大な数の注文には対応しきれません。そこで日販は、王子流通センターという売れ筋を大量に在庫する倉庫もアマゾンからの注文の引き当て先に加えたのです。いずれにせよ、書籍流通ではトップクラスの日販の倉庫をもってしても60%しか対応できないのですから、アマゾンの引当率が100%になることは絶対にあり得ません。だからこそ、アマゾンは出版社に直取引を持ちかけているのです」

●次々と流通問題を解決

 今回紹介した動きを裏側から見ると、これまで出版界が解決できなかった流通問題をアマゾンが次々に解決しているともいえるが、その見返りはアマゾンだけが享受する。

 アマゾンというインターネット書店の登場により、実店舗の書店では対応できずにいた顧客からの注文(客注)にも応えられるようになった。今では、注文したその日に受け取れるサービスにまで昇華した。

 そして、小零細出版社の悩みだった正味(書籍の仕入れ値)の低さと、部戻しや注文保留などの足かせとなる付帯条件も、アマゾンと直取引をすれば、月末締めの翌々月末にすべての売り上げを現金化できる。

 取次在庫のない商品、とくに出版社が指定する出荷調整品や在庫僅少本などは書店も取次も商品を入手できずに、販売機会をロスする要因だった。たとえあったとしても、客に手渡すには日数も要した。こうした商品も、直取引を契約することで優先的に素早く満数出荷してもらえる体制をアマゾンは築き始めている。

 アマゾンは3月9日付で官報に決算公告を掲示した。アマゾン ジャパンの売上高が316億円、アマゾンジャパン・ロジスティクスが582億円。2社合わせて約900億円しかないのだ。楽天やヤフーに比べて、この格段の売上高の低さはなんなのか。

 そして、5月1日をもって、アマゾン ジャパン、Amazon.com Int'l Sales, Inc. 、Amazon Services International, Inc.は合併して、アマゾンジャパン合同会社になるという。さらに同日より、消費税を請求していなかったサービスはそれを請求するようになる、と取引先に伝えてきた。次回はこうした動きについてレポートしたい。
(文=佐伯雄大)