コチャラコタとフィッシャー式逆さ眼鏡派

コチャラコタが、インフレ率は名目金利で決まるという新フィッシャー派(フィッシャー式逆さ眼鏡派)の主張が成立するのは無限期間モデルにおいてのみであり、有限期間モデルでは成立しない、ということを簡単なニューケインジアンモデルで示しているEconomist's View経由のコチャラコタHP*1経由)。


そのモデルは以下の3本の式から成る。

  yt = Etyt+1 - σ-1(i - Etπt+1 - rn), t = 1, ...T-1           (1)

  πt = κyt, t = 1, ..., T                         (2)

  it = i,  t = 1, ..., T                            (3)

      πT 任意

ここでrnは自然利子率である。金利は恒久的にiにペッグすることが仮定されている。最終期(=T期)のインフレ率は財政当局が決定するため、任意の値になる。標準的なフィッシャー式の関係は(1)式(IS方程式ないしオイラー方程式)において各期に設定されている。また、簡単化のため、ニューケインジアンフィリップス曲線のパラメータβはゼロと仮定したとの由*2


このモデルは、以下の差分方程式を逆向きに解くことにより求められる*3

  πt = (1 + σ-1κ)πt+1 - σ-1κ(i - rn),  t = 1, .., T        (4)

πTの関数として解くと以下のようになる。

  πt = (1 + σ-1κ)T-t(πT - (i - rn)) + (i - rn),  t≦T       (5)*4

ここで長期的なインフレ期待が上手くアンカーされており、πTが固定的だと考えると、すべてのtT = α0 + α1i,  α1 ≧ 1
となるような政策を選択したとすると、πtはiの増加関数となる。これは新フィッシャー派の仮説と整合的である*5
この特別なケースとして、α0 = -rn、α1 = 1の場合には、新フィッシャー派が良く強調するように、πtは(i - rn)で一定となる。


また、(5)式でπT固定のままT→∞とすると、式の発散を防ぐためにはπT = (i - rn)となる必要がある。発散する解は意味が無いので、結局インフレ率πtも(i - rn)で一定になり、iの増加関数となる、というのが新フィッシャー派が依存していると思われる無限期間モデルの結果である。
しかし、この結果はむしろ無限期間モデルを用いることへの批判になっている、とコチャラコタは言う。無限期間モデルでは暗に、経済主体の長期的な期待インフレ率が金利水準と1対1で対応することが仮定されているが、それはかなり強い制約であり、その制約は天下り式に適用するのではなく実証的に評価される必要がある。だが、その制約を実証的に評価するためには、制約を緩めることが可能な理論を考慮することが必要となり、それができるのは有限期間モデルだけである、とコチャラコタは述べている。


かつてコチャラコタ自身がフィッシャー式逆さ眼鏡派的な主張を打ち出して批判されたこと*6に鑑みると、そのコチャラコタがフィッシャー式逆さ眼鏡派を論破する簡単なモデルを提示したことは興味深い。

*1:昨日エントリで紹介したNBER論文もそのHPでリンクされている。

*2: (2)式で期待インフレ項が無いことを指していると思われる。

*3: (2)式に(1)式を代入し、κEtyt+1→πt+1、Etπt+1→πt+1とした式。

*4:[追記]この結果は数学的帰納法で以下のように導かれる。
T=t+1の時、(4)式より(5)式は成立。
T=t+jについて(5)式が成立しているとすると、
πt = (1 + σ-1κ)j(πt+j - (i - rn)) + (i - rn)
   = (1 + σ-1κ)j((1 + σ-1κ)πt+j+1 - σ-1κ(i - rn) - (i - rn)) + (i - rn)
   = (1 + σ-1κ)j+1(πt+j+1 - (i - rn)) + (i - rn)
より、T=t+j+1についても(5)式は成立。

*5:これはここで紹介したAndolfattoの分類による第二の流派の主張に相当するかと思われる。

*6:cf. ここ、および、ここここで紹介したNick Roweエントリ。