ブラウザごとに挙動が異なる---Web制作者の変わらぬ悩みだ。多くのWebサイトは、シェアの高いInternet Explorer(IE)やFirefoxでの動作をまず保証し、余裕があればそれ以外のブラウザに対応するという形にしているのではないだろうか。

 そう遠くない時期に、この考え方を見直す必要が出てくるかもしれない。ブラウザのシェアが今後、大きく変わる可能性があるからだ。Web分析会社の米Net Applicationsによると、今年1月に62.12%あったIEのシェアは11月に58.44%に、Firefoxは同じく24.43%から22.76%に下落している。代わってシェアを伸ばしたのは、Google ChromeとSafari。Chromeのシェアは5.22%から9.26%に、Safariは4.53%から5.55%に拡大した。

 この数字を見る限り、わずかな変化でしかない。だが、この数字はこの先起きるであろう大変革の予兆をはらんでいるともいえる。キーワードは「HTML5」と「スマートフォン/タブレット」だ。

 HTML5は、W3Cで策定されつつある次世代のWeb標準技術。CSS3やJavaScriptと組み合わせることで、クライアントアプリケーションに匹敵するユーザーインタフェースをブラウザだけで実現できる。標準仕様が確定し、各ブラウザがそれを実装するようになれば、これまでにないリッチなWebサイトを作れるようになると期待されている。

 だが、Web制作者の視点でこの動きを見れば、そう単純な話ではない。問題は、そこに至るまでの過渡期をどう乗り切るかである。

再生できる動画ファイルの形式が異なる

 HTML5はこれまでになかった新たな仕様をゼロから作っているわけではない。ブラウザがこれまで、それぞれに拡張してきた技術を取り込む形で仕様の検討が進んでいる。HTML5の技術の多くは何らかの形で既にブラウザが実装している技術であり、今でも“HTML5を活用したWebサイト”を先行して作成することが可能なのだ。

 人材ネットワークの運営会社である米Elanceによると、HTML5を扱えるプログラマの求人が増え続けているという。米国では標準仕様を待たずに、HTML5を駆使したWebサイトが既にいくつも研究・制作されつつあるわけである。

 とは言え、現状ではブラウザごとに挙動がかなり違う。例えば、Videoタグを使った動画再生はHTML5の特徴の一つだが、再生できるファイルの形式がブラウザによって異なる。Safariが標準で再生できるのはm4vファイル、Firefoxではogvファイルという具合である。

 HTML5対応を売り文句にしたIE9(現時点ではベータ版)のお披露目では、米MicrosoftはHTML5を駆使したWebサイトをいくつか紹介した。それらは「なるほど、これからのWebサイトの姿とはこういうものか」と思わせるものだった。ところが同じWebサイトをIE9以外のブラウザで閲覧すると、想定通りに動作しないケースが多い。

 一方、ITproが先日リリースした「ITpro eMagazine」は、HTML5対応が比較的進んでいると言われるChromeとSafariをターゲットにHTML5で制作し、Firefoxでも崩れずに表示できるよう作り込んだ。同じページをIEできれいに表示させようとすると手間がかかりすぎることが分かったために、推奨ブラウザから外し、別のページにリダイレクトすることにした。

 つまり、過渡期においては「どのブラウザをターゲットにWebサイトを制作するか」「ターゲットでないブラウザでアクセスしてきたときにどのように表示するか」が、これまで以上に重要な要素として浮上してくるわけだ。社内限定のWebシステムであればある程度ブラウザを限定できるだろうが、B2CやSaaS向けのWebサイトであればユーザーがどのブラウザからアクセスしてくるか分からない。

 ターゲットのブラウザを考えるのは、意外に難しい。まずは「シェアの大きいIEから」と考えるのが普通と思われるかもしれないが、必ずしもそうとは言えない。Webサイトへのアクセスは、パソコンからだけでなく、iPhone/iPadやAndroidなどスマートフォン/タブレットからのものがどんどん増えているからだ。

 iPhoneは2010年7~9月期だけでワールドワイドで1500万台近くを売り上げている。iPadは各種調査が示すようにネットブックの市場に食い込んでいる。AndroidについてはKDDIの田中孝司社長(当時 執行役員専務)が10月の新機種発表会で「携帯電話の半数はスマートフォンにシフトする」「まずAndroidを推進する」と語っているように、トラディショナルな携帯電話を代替しつつある。

 注目したいのは、これらスマートフォン/タブレットに標準搭載されているブラウザである。iPhone/iPadのブラウザはSafari、AndroidはChromeである。実はSafariとChromeはレンダリングエンジンとして同じWebKitを使っている。そのため、この二つのブラウザは挙動が比較的似ている。iPhoneでの動作を想定して作り込んだWebサイトは、あまり手直しをしなくてもAndroidでも同じように動作できるわけである。パソコン版のChrome、Safariも同様である。となれば、IEより先に、これらWebKit系のブラウザをターゲットに考えるという選択肢は十分あり得る。

 スマートフォン/タブレット普及の原動力は、App StoreやAndroid Marketで流通する専用のアプリケーションだった。HTML5を駆使することで、Webサイトでもアプリケーションに匹敵するユーザーインタフェースや機能を実現できるようになる。そのようにして作ったWebサイトのブックマークを置いてもらえれば、それはアプリケーションとほとんど変わらない。

 そしてWebサイトはCMS(コンテンツ管理システム)さえしっかりしていれば、アプリケーションよりもメンテナンスが容易という利点もある。Webサイトのメンテナンスは、HTML4で培ったノウハウがそのまま生きるはずだ。

 Web制作者にとって、HTML5とスマートフォン/タブレットの台頭は、大変な時代が訪れるということであり、面白いことができる可能性が膨らむということでもある。スマートフォン/タブレットでの閲覧を想定すれば、単に挙動だけでなく、画面サイズや解像度を含めた検討が必要になる。

 もちろん、IEやFirefoxが有力なプラットフォームであることは変わりない。パソコンの出荷台数はこの先もしばらく伸び続ける見通しである。どのプラットフォームを選ぶにしても、HTML4から5への過渡期のWebサイトを制作・メンテナンスするには、HTML5に精通していることが不可欠になる。今後、日本でも米国同様、HTML5のスキルを持つWeb制作者の需要が高まっていくのは間違いない。

 そこでITproでは、「HTML5 開発実践セミナー」を企画した。セミナーではHTML5とは何かを理解するだけでなく、演習を通じて実際に簡単なWebサイトを作成してもらう。ぜひ参加して、次世代のWebサイトを体感していただければと思う。