J1が開幕した3月7日、仙台と山形の「みちのくダービー」が行われたユアスタで、悲しい事件は起きた。

 試合開始直前、選手の入場でスタジアムの盛り上がりは最高潮に達した。両クラブの担当を経験した私も、初めて味わう「ダービー」の熱気に鳥肌が立った。そして、仙台南高合唱部の女子生徒10人による君が代斉唱へ。スタンドを埋め尽くした仙台サポーターをはじめ、観客のほとんどが声援を止めて静かに立ち上がった。だが、斉唱が始まっても一部の山形サポーターが太鼓をたたき、声を出し続けたのだ。最高の雰囲気は、ぶち壊された。

 スタジアムにいた誰もが、目と耳を疑った。整列していた選手たちも戸惑いを隠せない。顔を見合わせながら山形応援席に目をやっていた。高校生10人の歌声は、最後まで応援コールにかき消された。東日本大震災が発生した3月11日の直前に組まれた4年ぶりの対戦は「『がんばろう!東北』マッチデー」と題された。しかも開幕戦で君が代斉唱という大役を任され、この日のために練習を重ねてきただろうに…。ピッチを後にする生徒たちの表情は、寂しそうだった。

 仙台と山形に関わる誰もが、この「ダービー」に懸けていた。試合前日までの取材でも、強い意気込みを肌で感じた。当日もキックオフを待つ仙台渡辺晋監督(41)の目は血走り、手は汗でびしょびしょだったという。昨季まで仙台に10年間所属していた山形DF渡辺広大(28)は、緊張から吐き気に襲われていた。試合は仙台が1人少なくなってから底力を見せて2得点。山形も0-1の後半ロスタイム直前に得たCKでGK山岸範宏(36)を前線に上げ、再び奇跡を起こそうという執念を見せた。これぞ「ダービー」といえる激闘だったが、後味の悪さは消えなかった。

 試合後、昨年お世話になった仙台の選手やスタッフにあいさつへ向かった。すると「試合前のあれで、今日は勝ったと思ったよ」。こう言われたのは1人ではなかった。仙台は枠内シュート2本で2ゴール。昨季終盤は山形にほほえみ続けていた勝利の女神も、愛想が尽きたのかもしれない。J2の6位から一丸で昇格プレーオフを制し、悲願のJ1復帰を果たしたクラブが掲げた今季のスローガンは「山形総力戦」。だからこそ、一部サポーターの心ない行動が、とても悲しかった。【鹿野雄太】

 

 ◆鹿野雄太(かの・ゆうた)1984年1月20日生まれ。埼玉・所沢市出身。中学でサッカー、高校で硬式テニス、大学でフットサルを経験。06年入社。編集局整理部から12年に東北総局へ。アマチュア担当を経て13年は山形、14年仙台、今季から山形担当に復帰。