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秋田県報道が示す最悪のリスクコミュニケーション事例

2010-11-11 | 毎日いんふぇくしょん(編集部)
秋田県の民間病院でインフルエンザ集団感染事例がありましたが、河北新報が的外れな記事を書いています。
これは記事だけが問題ではないのですが。

11月11日の記事。

タイトルは「秋田県連絡体制ずさん 危機管理に批判 インフル集団感染」。

「北秋田市の鷹巣病院で起きたインフルエンザの集団感染で、秋田県の佐竹敬久知事は10日、「私に一報があったのは(病院から県に報告があった今月2日から4日後の)6日。」

問題と感じるかどうかですが、先にどういうルールになっていたかということがあります。

病原体不明の突然死の集積とかなら話は別ですが、インフルエンザだとわかっている事例ですので、夜中に携帯電話で起こして報告するような事例ではないことは確かです。

11月3日はお休みでしたので、4日(木)5日(金)と間のはいった6日(土)に聞いたのは「決めていたルールと違う」ということならば内部の問題です。

詳細を確認しなくても即刻携帯で教えるべき事案というようにルールがあったのかが知りたいところですね。

続きです。
「もっと早く知っていれば、病院名の公表など情報公開面で別の対応ができた」と述べ、庁内の情報連絡体制に問題があったとの認識を示した。」

これは現場のリーダーを頭ごなしに批判するとんでもないコミュニケーションの展開です。うちわもめが外にでたのなら大問題。

病院名の公表は今回のような事例では必須ではありませんので、感染症なり医療安全の担当者が急ぎ公開しないという判断をしたことを支持すべきところです。

「10日開かれた県議会福祉環境常任委員会では、健康福祉部長と部次長が集団感染の事実を把握したのは、病院から県に報告があった2日の翌日以降だったことも明らかになった。」

火事ではないので、1分を争って出動するぜ!みたいなことはありません。
2日の翌日以降なのは3日がお休みですからフツウじゃないでしょうか。

みなさんはインフルエンザで対応をすでにしている事案について、夜中でも携帯電話をならしてよいとおもいますか?
「知らないより知ったほうがまし」でしょうか?」

危機管理の考え方としては、2つあります。
とりあえず何でも報告する、です。これをやると感度はあがりますが、1件1件を判断するだけの能力とマンパワーを情報を得た側が持つ必要があります。

マンパワーと判断者の資質ということでさらに問題があります。何でもかんでも報告すると、緊急対応すべきものとそうでないものが混在して、かえって対応が遅れるものが出ます。危機管理としてはこちらのほうが問題の場合もあります。

もう一つの方法は、ある程度取捨選択するフィルターをかけて報告精度をあげることです。人数の限られた現場のリーダーにある程度権限をもたせ、その事例の個別性(特異度)を重視してもらうことになります。

「部全体の対応協議も5日までなく、県議からは「危機意識がない」などといった批判が相次いだ。」

何を協議したかったんですかね?

ふつうのインフルエンザの流行についての危機意識を叫ぶならば、議員は、集団生活をする幼児や高齢者、入所者に対して無料で肺炎球菌やインフルエンザのワクチンを接種する予算をつけているのか、要求したことがあるのか?と記者は聞くべきです。

リスコミとしては、このようなときに代替案を出さずに批判だけするのは「最悪」パターンです。誰かを悪者にしてうっぷんばらしをして結果的に何も改善されない、リーダーは萎縮する、誰も責任をとりたがらないということで危機管理はさらにうまくいかなくなります。

こんなことは基本中の基本。

「県によると、病院から県北秋田保健所に集団感染の連絡があったのは2日昼前。保健所職員が病院を訪れ、感染拡大防止の徹底を指導し、感染状況を確認した。県健康推進課は同日午後5時ごろ事態を把握した。」

保健所は通常の業務をしていますので、急な連絡があり(インフルエンザであっても)数時間後に現場に行っているのは本事案としてはGood jobではないでしょうか。そしてその日のうちに県にも連絡がいっています(県の保健所だからです)。

「しかし、中野恵健康福祉部長は3日午後、同課職員から話を聞くまで集団感染の事実を知らず、梅井一彦部次長に至っては5日夕まで知らなかった。」

(ここで想像ですが、同じお部屋で机で仕事していたら電話の話とか周囲は知るとおもいますよ。ここにいたんでしょうか)

県健康推進課の岩間錬治課長は「重大な問題という危機感はあったが、病院の対策を重視した。事実を知った段階で、上司に報告すべきだったかもしれない」と話した。

この課長さんのコメントじたいは正しいのですが、でも、周囲がこの課長を攻めるのはまちがいです。

こういったことがおこると、部署内で「ヒヤリハット」した時点で、関係者にCCでぜーんぶまわしてしまえ的対応になることがあります。知ることが目的ならそれで終わりです。

「県議からは「部の組織そのものに一体感があるのかどうか疑問。これでは、有効な手だては打てない」」
「「昨年の新型インフルエンザ対策が全く生かされていない」といった厳しい意見が寄せられた。」

議員は記憶障害ですか?

何がいいたいのかよくわかりません。一体感ってなんでしょう。有効な手立ては打たれているんですよ。素人がそれ以上何を期待するんでしょう。

ブログ編集部では、昨年の対策が生かされていて、病院への負荷をかけない、風評被害をおこさない(患者さんや家族・職員)の人権問題に配慮したからこそ、秋田県の現場担当者はこのように対応をしたのではないかと想像します。

毎年起きているインフルエンザの施設内流行と、パンデミック的なものと誤解をしていると言う点で学んでないのは議員のほうです。

「県は10日夕、危機管理会議を緊急招集した。佐竹知事や各部局長ら14人が出席、2002年に策定した危機管理対応マニュアルの内容を再確認した。大石勤危機管理監は「今回は危機認識が甘かった。事実の第一報を上層部に上げるよう、あらためて指示した」と話した。県は今後、情報伝達の検証に乗り出す方針。」

特別な方法はないですよ。

現場のリーダーの判断を信頼しないなら、判断をせず全部流せ、流すだけでいい、ということになります。受けとった側の責任になりますけどね。

保健所や担当部署のひとほどに、現場で必要な判断や対応をする自身や技術や専門知識があると思っているならきいてみたいですね。
今回の事例で、あなただったら何をしたのか、ということを聞いてみたいですね。

秋田県民の皆さんはぜひ、現場で働く人たち(病気を抱えた人をケアする人たち)、行政の人の努力を支援していただければとおもいます。

『緊急に対応しろ』
→余裕をもった人員配置をお願いします。特に、昨今メディアがバッシングをしている院内感染対策については、平時からサーベイや教育指導をおこなう専従者をおける予算をつけてください。

『昨年の経験を生かせ』
→2-3年で行政コロコロ担当者を変えないでください。経験がブツギリになってしまいます。記憶維持可能な専門家を配置してください。

『危機意識をもて』
→状況判断をさせないワンパターン思考、思考停止、マニュアル思考こそがそもそもリスクです。


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4 コメント

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社会と感染症対応 (公衆衛生医師)
2010-11-14 18:04:05
秋田の当該病院の対応については、概ね妥当であったと思います。
しかし、当サイトのコメントの一部はいささか疑問に思われます。

>「今日は責任者がいないので対応できない。明日朝には、院長が出てくるので、話を聞いてほしい」と報道陣に伝えた。 」
(真っ当です)

病院の対応について医学的に問題があったか否とは別に、社会的に説明が求められような状況では、危機管理上休日でも管理者が社会に対して対応することが期待されます。

>発表することで公衆衛生上のメリットが特段ない場合、しないんですよ。
>病院名の公表は今回のような事例では必須ではありませんので、感染症なり医療安全の担当者が急ぎ公開しないという判断をしたことを支持すべきところです。

公表の適否については、様々の事情を勘案したうえで、社会への説明責任や公衆衛生上の状況と病院の利益が総合的に比較考量されます。病院側の一方的な都合だけで、判断される訳ではありません。

>現場のリーダーの判断を信頼しないなら、判断をせず全部流せ、流すだけでいい、ということになります。

社会的に問題になり報道が予想されるような案件に関しては、上層部まで報告しておくのは行政官の基本です。

>素人がそれ以上何を期待するんでしょう。

政治家や報道は専門家ではないのですから、その発言は、私たちからみて医学的には正しくないこともあります。しかしそうであっても、彼らはある意味で社会の代弁者です。感染症が社会的観点からの対策必要な以上、お互い意思疎通を重ねて歩み寄る姿勢が必要です。「素人が」という言い方は専門家の思い上がりを感じさせます。

>常識外れな記事を書かれないために。

本サイトは良い記事が多く、参考になることも少なくありません。
それだけ、感染症対策関係者などにある程度の存在感があるのだと思います。
最近一部に、社会の中で臨床の立場しか考慮しないと思われる記事がみられるようになり、サイトの価値にマイナスになっているように感じられます。
残念です。

コメントありがとうございました (編集部)
2010-11-18 08:53:01
関係者からは新型インフルのあと、医療機関、メディア、行政それぞれがどのような振り返りをしたのか、していないのかが今年の報道を通じてよくわかるというコメントがたくさんきていました。
(本部ログでは重複するようなコメント質問についてはすべてを公開していませんが・・)
毎日新聞 まず事実の公表を (公衆衛生医師)
2010-11-28 20:07:22
毎日新聞 2010年11月28日 地方版

支局の目:まず事実の公表を /秋田
 行政の、県民の命にかかわる情報公開の姿勢について書く。

 北秋田市の鷹巣病院でのインフルエンザ集団感染で患者8人が死亡した問題。不備を指摘されても説明責任を果たそうとしない病院の姿勢、県上層部や健康福祉部内での情報伝達のずさんさについてはここでは論じない。

 病院から感染の報告を受けた2日から3日にかけて、ウイルスの詳細検査に必要な検体提供を病院に要請していなかったこと。病院の感染症対策行動計画の不備を、昨年10月の定期的な立ち入り検査で指摘していなかった事実。県はこれらを、自らは公表しなかった。担当者への取材や記者会見で質問を受けてから認め、明らかにした。

 津谷裕貴弁護士の殺害事件でも、県警本部は発生当日の記者説明で駆け付けた警察官が警棒や防護衣を装備しなかったことや容疑者ではなく津谷弁護士の手を押さえたことに言及せず、翌日になって「反省点があった」と認めた。

 とにかく事実が公表されなければ、検証や改善もままならない。逆に、すぐ公表せず後になって認めたため「隠ぺいするつもりだったのか」と、県民や国民の不信感を自らあおる結果となっている。危機管理以前の問題だ。

 県は「県外・海外で秋田の認知度を向上させ、秋田ブランドを形成する」として県イメージアップ戦略推進本部を発足させたが、他にもっとやるべきことがあるのではないか。【岡田悟】

Unknown (編集部)
2010-11-29 01:07:39
情報が大切なのはいうまでもありませんが、ここで感染症危機管理ネタと警察ネタを同列に描いてしまうとは・・・。

記者はリスコミがわかっていないだけでなく、インフルエンザという病気のことも、臨床の現場のこともよくわかっていないんだということが伝わる記事です。
そのこと自体はしかたないです。

専門家でも全員が訓練を受けているわけではないです。2008N1H1が流行する前にやっていたH5N1前提の新型フル訓練も、感染研のキャパの問題から各都道府県・政令都市から1名くらいしか参加できない状況でしたから。

◆事実が公表されなければ、検証や改善もままならない。
◆すぐに公表する必要がある

感染症はその種類や程度によってPublic Healthへのインパクトや対策が異なるので一律同じ扱いをするものではないこと、
「公表」とは1次データレベルの情報の公開ではなく、しかるべき対象に適切な形ですることであり、ざっくりいうのではなく、意図を明確に伝え混乱や誤解を防止するミッション・責任が伴う、という基本的なことを言う側もメディアも理解する必要があります。

『こうしてニュースは造られる』著者である毎日新聞編集部・小島正美さん(東京)にアドバイスをしてもらえないかメールしてみようとおもいました。

こういったムードのまま行くと、病院の責任や負担で全員のインフルワクチンをしていなければ不作為やぬかりがあったといわれ、現時点で対策が「完璧でない」病院は不届きもので、法律に定められているようにすべての対象施設の監視をしていない行政は怠慢で、それを可能にしていない公衆衛生の人員不足を容認・放置している議会や人事も問題・・というような語りのままでしょう。

「感染源」「経路」の特定など、インフルエンザになった人が罪悪感をもたないといけないような人権問題ムードがまたつくられていかないかと危惧します。
重症化しやすい人は入院させてもらえない、そういった施設で働く人が減ってしまうなどの現場のアビューズにつながらないよう祈ります。