大事なクライアントの名前を思い出せない。必要なときに限っていつも口座番号を忘れてしまう...。そんな経験、身に覚えがありませんか? いわゆる「記憶力」はさまざまな場面で必要とされるし、改善できるものならしたいと思うはずです。

記憶力は生まれもっての能力で良くなることなんかない、そう悲観することはありません。「記憶するためのテクニック」を紹介しましょう。

脳はどのように記憶するのか

記憶術を紹介する前に、脳が記憶を蓄積する仕組みを、科学的な観点から見ていきましょう。

ご存じのとおり、脳は非常に多くのパーツからなる複雑で美しいシステムです。記憶を形成する時に活躍するのは、そのうちのニューロンとシナプスです。ニューロンとは電気信号を発したり受け取ったりする細胞、シナプスとはそれらニューロンをつなぐ結合部です。

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記憶を呼び起こそうとする時、一連のニューロンが脳内に信号を送り、こうしてできた配列が記憶を描き出します。こういった経路の存在を実証するため、ある研究では新たなニューロン信号を装った電気信号を脳内に送り込んで、ニューロン配列(記憶)を起動することに成功しています。配列を結びつけるシナプスが強ければ強いほど、記憶が呼び起こされる可能性は高くなるのだそうです。

シナプスを繰り返し使用するうちに、結びつきはどんどん強くなっていきます。それはエクササイズと同じことかもしれません。

たとえば銀行の口座番号よりも、以前住んでいたアパートの部屋番号や実家の電話番号のほうが思い出しやすいですよね。それは、住所や電話番号は書いたり口にしたりする機会が多いからです。一方、銀行の口座番号を使う機会はそれほど多くありませんから、信号が弱く、記憶を呼び覚ますために必要なニューロンの流れが十分に作り出されないのです。

現代の「外部記憶」

ジャーナリストのジョシュア・フォア氏は、「『脳の時間認識』を生かせば、〆切もミスも価格交渉も上手く乗り切れる」という記事でも紹介した通り記憶術のスペシャリストです。たった1年間訓練を積んだだけで、全米記憶力選手権で優勝を果たしました(偉業の詳細については、著書『ごく平凡な記憶力の私が1年で全米記憶力チャンピオンになれた理由』にまとめられています)。フォア氏は記憶についての記事の中で、物事を自分で記憶するか、外部に保存するかという21世紀ならではの興味深い問題に触れています。

現代社会を可能にしているテクノロジー(iPhoneやソフトウェアなど)は、私たち人間をも変えてしまいました。私たちの文化を変えただけでなく、私たちの認知についても変えてしまったと思います。もはや何かを覚える必要は、あまりありません。もしかしたら、人間は記憶する方法を忘れてしまったのではないかと思うほどです。

さまざまなアプリやツールを意のままに使えるようになったことで、記憶とは、純粋に頭の中で行うのではなく、外部のツールに頼るものになってしまいました(こう考えるのは、フォア氏が初めてではありません。たとえばソクラテスは、記憶力が衰えるのを恐れて、ものを書き記すことを渋っていたそうです)。

記憶力を良くする方法

メモリー・パレス(記憶の宮殿)を築き上げよう

古代ギリシャやローマには、iPhoneやEvernoteといった便利なツールはありませんでした。ですから、学者や演説家が何かを覚えようとする時は、頭を使うという古典的な方法に頼っていました。当時、よく使われていた方法が「メモリー・パレス(記憶の宮殿)」です。またの名を「座の方法」もしくは「マインドマップ」といいます。

では、その方法をご説明しましょう

  • 自分の生活でなじみの深い場所を思い浮かべます。たとえば自宅、職場など
  • それらの場所から、5つの部屋を選びます
  • 各部屋にある大きめのアイテムを5つ選び出し、記憶用「ファイル」にします
  • それらの大きいアイテムに、1から順に番号を振っていきます。たとえば職場なら、1部屋めを自分のオフィスとし、デスクが1番、椅子が2番、本棚が3番、ホワイトボードが4番、ドアが5番だとします。次の休憩室では、テーブルが6番、シンクが7番...と続けます。部屋数もアイテム数も、好きなだけ増やして構いません。各部屋の中でアイテムが並んでいる順に番号を振っていくと簡単です

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これで、あなたのメモリー・パレスが完成しました。次に、部屋の中を埋めていきます。

  • 自分が覚えたい事柄を思い浮かべます
  • 覚えたい事柄と部屋のアイテムひとつをセットにします

仮に、大学スポーツのパシフィック12カンファレンスに所属する12チームの名前を記憶したいとします(上司がファンなので、点数稼ぎになるでしょう)。それぞれのチームの名前を、職場を舞台にしたメモリー・パレスに絡めて、こんな風にイメージしてみましょう。

  • ワイルドキャット(山猫)がデスクを噛んでいる(アリゾナ大学ワイルドキャッツ)
  • デビル(悪魔)が椅子で昼寝をしている(アリゾナ州立大学サンデビルズ)
  • 大きなベア(熊)が、本棚にあるマルコム・グラッドウェルの本を引っかいている(カリフォルニア大学バークレー校ゴールデンベアーズ)
  • バッファローが私の似顔絵をホワイトボードに描いている(コロラド大学ボルダー校バッファローズ)
  • ダック(アヒル)がドア枠に卵を産んでいる(オレゴン大学ダックス)
  • ビーバーが、休憩室のテーブルの足を噛み切りそう(オレゴン州立大学ビーバーズ)
  • 誰かがシンクの排水口に、セコイアの木を1本差し込んだ(スタンフォード大学カージナル)(訳注:セコイアの木は同大学の非公式マスコット)
  • ...(こんな感じで、カリフォルニア大学ロサンゼルス校、南カリフォルニア大学、ユタ大学、ワシントン大学、ワシントン州立大学、と続けていきます)

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大切なのは、イメージを思い描くことです。情景が鮮やかであればあるほど、あとで思い起こすのがラクになるでしょう。記憶力チャンピオンのフォア氏は、本能に関わる卑猥なイメージや、風変わりなイメージのほうがうまくいくと気がついたそうです。このように、普通でないもののほうが記憶しやすい傾向は「フォン・レストルフ効果」といって、古くから知られています。

ペグ・システム

「ペグ・システム」も、リストの記憶にうってつけの方法です。脳内に連想回路を作り出すという点では「うまくノーと言う科学的方法」とも似ています。仕組みはメモリー・パレスと同じです。つまり、記憶したい事柄と、すでに知っている事柄を結びつけるのです。ペグ・システムでは、数字に1から順に単語を割り当てて、頭の中にイメージを植えつけます。これが「ペグ」(引っ掛けるもの)となります。あとは、自分が記憶したい事柄を、あらかじめ記憶しているペグと結びつけ、頭の中に鮮明なイメージを思い浮かべます。

この方法の基本となるペグは、何でも構いません。一般的なのは、数字と韻を踏む単語を使うこと、または、数字と形の似たものを組み合わせること(訳注:たとえば、数字の「2」と「白鳥」のように)です。韻を使った場合の例を以下に挙げましょう。

  • 1(ワン)=sun(サン、太陽)
  • 2(トゥー)=shoe(シュー、靴)
  • 3(スリー)=bee(ビー、蜂)
  • 4(フォア)=spore(スポア、胞子)
  • 5(ファイブ)=jive(ジャイブ、スイング音楽)
  • 6(シックス)=ticks(ティックス、チェックマークの複数形)
  • 7(セブン)=heaven(ヘブン、天国)
  • 8(エイト)=grate(グレイト、格子)
  • 9(ナイン)=wine(ワイン)
  • 10(テン)=hen(ヘン、めんどり)

ペグが完成したら、記憶したいリストと結びつけてください。たとえば買い物リストを覚えるなら、こんな感じでしょうか。

  • バナナ:バナナの形をした太陽
  • 歯磨き粉:歯磨き粉でいっぱいの靴
  • 母親に送る誕生日カード:カードに素敵なメッセージを書く蜂

その他の注目すべき記憶術

  • 心理学の分野では、「ムード記憶理論」の研究が行われています。何かを思い出したかったら、体験した当時の感情に戻ると良いのだそうです。
  • リンク・システム」もペグ・システムと似た仕組みですが、この方法では数字を使いません。ランダムな事柄のリスト(たとえば「犬、ケーキ、家、雨」)を記憶するとしましょう。リンク・システムの場合は、隣り合った事柄を相互につなげたイメージを思い浮かべます。この場合なら、犬がケーキを食べている、ケーキが家の中にたくさん詰まっている、家が雨のように降ってくる...というようにです。
  • 元全米記憶力チャンピオンのRon White氏は、数字を覚える際にユニークな方法を使っています。友達1人ひとりに数字を対応させているのだそうです。何桁もの数字を新しく覚えなければならない時は、数字の代わりに対応する友達を並べて思い浮かべるというわけです。
  • 人の性格や外見上の特徴と名前を結びつける方法も効果的です。テレビドラマ『The Office』に登場する嫌われ者の上司マイケル・スコットは、この方法をつきつめて、相手に失礼なあだ名を連発していました。
  • 世界記憶力選手権で過去に何度も優勝しているBen Pridmore氏は、シャッフルしたトランプ1組の配列を、わずか24秒で記憶したことがあります。その方法は「プリッドモア・システム」としてこちらにまとめられています。

ちなみに、世界記憶力選手権は10種目を競いますが、うち3種目で一定の基準を満たせば、「記憶名人」(Grand Master of Memory)の称号を与えられます。その基準とは、トランプ10組の配列を60分で覚える、1000桁のランダムな数字を60分で覚える、トランプ1組の配列を2分未満で覚える、の3つです。

自分に適した記憶術はどれ?

職場でちょっとしたことを覚えるにせよ、記憶力選手権を目指すにせよ、基本はどちらも同じです。記憶とは、イメージを描き、関連づけ、思い起こすことにほかなりません。

今回ご紹介した記憶術の中に、自分にぴったりの方法は見つかりましたか? 日ごろ頼りにしている記憶術とごちゃまぜになってしまった人もいるかもしれませんね。筆者は以前から、ある歴史上のスピーチを暗記したいと思っていたそうで、頭文字を覚えていく方法に挑戦するとのことです。皆さんはどの方法を試しますか。

How to never forget the name of someone you just met: The science of memory | Buffer

Kevan Lee(原文/訳:遠藤康子、江藤千夏/ガリレオ)

Illustration by Nick Criscuolo.