スガタ・ミトラ:インターネットを介した「学び」は既存の教育を消滅させる

認知科学やA.I.の研究者であり、「Hole in the Wall」というプロジェクトの開発者でもあるスガタ・ミトラは、インターネットによって画一化を旨とする教育システムがやがて消滅すると予言する。そのとき社会はいったいどんな姿をしているのだろうか。『WIRED』VOL. 5(教育特集:「未来の学校」)から全文掲載。
スガタ・ミトラ:インターネットを介した「学び」は既存の教育を消滅させる
PHOTOGRAPH BY YASUYUKI TAKAGI

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スガタ・ミトラ

スガタ・ミトラ|SUGATA MITRA
英国ニューキャッスル大学教授。認知科学・教育テクノロジーの専門家として知られ、2012年、MITメディアラボの客員教授として招かれた。著書に『Hole in the Wall』〈TED Books〉がある。

未来の子どもたちに教えるべきことは3つだけです。
読み書きする能力。
必要な情報を得る能力。
そして、その情報の価値を判断する能力です。

わたしがいまから13年前にインドで手がけた実験「Hole in the Wall」は、インドのスラムの街角にコンピューターを置いて、子どもたちに自由に使わせるというものでした。そこでわたしは、「子どもは人に教わることなく学ぶことができるか」という問いを検証しようとしたのです。結果はこうです。「何人かのグループになればそれができる」。次に出てきた問いは、コンピューターの使い方を学んだ子どもたちは何をするか、ということです。大方の予想は「ゲームなどで遊ぶだろう」というものでした。しかし、しばらくすると子どもたちはゲームに飽きて違ったことを始めます。そしてGoogleに行き当たるのです。そこで彼らは宿題の答えをGoogleで探し始めます。そこで次の問いが出てきます。「子どもたちは果たしてGoogleを通して何かを学んでいるのか」。研究の結果わかったのは、彼らは確かに学んでいるということなのです。

会計士ではないのに、あなたが会計士のフリをしていたとします。わたしがそれを信じてあなたに仕事を頼んだとします。あなたはインターネットを駆使してわたしのバランスシートの問題を解決し、わたしは報酬を支払います。次のお客さんが来ます。同じ手順であなたは仕事を遂行します。2度目は最初のときよりも仕事は簡単になっているでしょう。それを2〜3年続けたらどうなりますか? あなたは立派に会計士ではないですか? それがわたしの問いでした。人は何かのフリをしているうちに、それになってしまいます。子どもたちも、実際そんなふうに学ぶのです。インターネットを前提としたこうした学び方は、これまでの教育のあり方を消滅させてしまうことになるでしょう。

学校というものが存在する大きな理由のひとつは軍隊です。兵士は取り換えが利かなくてはなりません。ですから教育によって規格化される必要があるのです。そのシステムは工業化社会でも有用なものでしたが、いまそれが大きな障害となっています。なぜ子どもたちは学校に背を向けるのか。規格化された人間になんかなりたくないからです。

これからの時代、資格試験や卒業証書などは無意味になっていくでしょう。それよりも何ができるのかが問われます。わたしの会計の問題を解決してくれるなら、あなたは会計士です。免状などいりません。その社会では、人々は一切の画一化から自由になっています。同時にみんなが共有する知識というものもなくなります。そのとき物事の価値判断はいったいどうなってしまうのでしょう。わたしの現在の興味はそこにあります。子どもの価値判断のメカニズムがどうやって形成されるかということです。それがわかれば、未来の子どもに教えるべきことは3つだけになります。読み書きする能力。必要な情報を得る能力。そして、その情報の価値を判断する能力、つまりあらゆるドクトリン(教理)から自由になるための能力です。

インドのスラムにコンピューターを設置し、自学を促す「Hole In the Wall」は映画『スラムドッグ・ミリオネア』の原作のモチーフともなった。現在ミトラはインドの子どもたちとリタイアした英国の女性国語教師とをオンラインでつなぐ語学教育プログラム「Nanny Cloud」を推進中。

<strong>『WIRED』VOL.5</strong>

[世界最高峰の大学から最貧国の教育の現場にいたるまで、いま、「教育」をめぐる大きな地殻変動が起きている。パソコンやインターネットの普及によって、オルタナティヴな「学び」が可能となったとき、学校という制度に、いったいどんな意味があるのか。アメリカ、シンガポール、インド、そして日本から新しい「学び」を提案する「未来の学校」を紹介。](http://amazon.jp/o/ASIN/B008IWXLBC/condenetjp-22)


TEXT BY KEI WAKABAYASHI

PHOTOGRAPH BY YASUYUKI TAKAGI