「時間たっぷり」は誤解 間違いだらけのシニア攻略
65歳を迎える団塊世代の大量退職をあてこんで、ここ数年「シニア向け」の商品やサービスが次々と登場している。しっかり需要を捉えたものがある一方、攻略が難しいとされる定説通りに苦戦するケースも目立つ。この世代特有の「感覚」を見落としていたり、誤った先入観に引きずられたりと理由は様々。つまずきの実例から、思わぬ落とし穴にはまらないための教訓を探る。
【ケース1】長期滞在型の講座、受講生集まらず
<教訓>雇用を継続、日程は「ほどほど」に
06年前後は大学もシニア向け講座を相次ぎ開講した。1947年生まれの団塊が18歳を迎えた65年は大学進学率が12.8%と2桁にのり、拡大を始めた時期。この世代は学びの意欲が高く、60歳定年で時間的余裕が増えるとの予測から同様の取り組みが広がった。
ただ、「再雇用制度によって仕事を続ける人が多く、長期の休みをとれる人が少なかった」(JTB)。弘前大にも「長すぎて参加できない」との声が寄せられた。
実際、ジー・エフ(東京・文京)が昨年4月に実施した調査では、60代の就労率は33.4%と70代の9.8%を大きく上回った。老後の生活もにらんだ働く意欲と、学びの意欲を両立させるには、シニアカレッジは詰め込みすぎだった。
65歳を過ぎれば学びにたっぷり時間を使うシニアが増えるかといえば、そうとも限らない。厚労省の調べでは、10年に就業していた60~64歳のうち65~69歳まで仕事をしたいと考える人は56.7%いた。雇用環境は厳しくなったが「現役シニア」の数が高い水準を保つ可能性はある。
シニアカレッジの独自開催を続けた弘前大は10年、5日間(受講料7万円)に期間を短縮。11年には土日を挟み3日間の参加も可能にした。すると仕事をしている60代が増え、参加者は50人ほどに膨らんだ。
「時間はたっぷり」との先入観が誤解であることは近年、多くの事例で明白になった。学びは有望な動機づけだが日程は「ほどほど」が肝要だ。
【ケース2】「高齢者用」のうたい文句、過敏に反応
<教訓>明示避け、同世代キャラで暗示
認知年齢が実年齢より10歳前後は若い60代に対し、「シニア向け」をうたうのは厳禁、との認識は07年ごろ各業界に浸透したといわれる。ブリヂストンスポーツもファイズでは、うたい文句を「ゴルフを楽しむ大人」とした。
だが、ファイズは飛距離に定評がある米タイトリストのクラブの後じんを拝している。「飛距離=若さ」。特に仲間と競う場では自分の若さを示す意識が予想以上に強く、シニア向けはうたわずとも「高齢者に配慮した」機能のクラブを使うことを知られたくないのでは、とブリヂストンスポーツはみる。「大人」というフレーズに「シニア向け」を敏感にかぎとった人がいる可能性もある。
ダンロップスポーツの有力ブランド「ゼクシオ」は長年愛用する団塊の支持率が高い。その牙城に後から切り込もうにも、ターゲット設定を明確にしたキャッチコピーや機能は強く打ち出しにくい。後発にとってPR手法の選択肢は限られることになる。
この世代に「あなたのための商品」であることをそれとなく伝えるにはどうすればいいのか。
一つの解は「キャラクター」の使い方。ワコールは60代女性向け機能性下着「グラッピー」の売れ行きが鈍化した08年に、それまで若い外国人だったモデルに中高年の女優を採用。現在は団塊の伊東ゆかりさんだ。洋服を着てアクティブに活動する姿を紹介する広告に変え「ターゲットを『暗示』させることで親近感が湧くようにした」(同社)。その効果もあってか09年以降は増収率が上がった。
【ケース3】売り場「男女別」では伸び悩み
<教訓>「夫婦で買い物」に対応を
そごう柏店は後日、売り場の見直しで伸び悩みを解消した。ヒントは身近なところにあった。
旗艦店の西武池袋本店(東京・豊島)は昨秋、スポーツ用品売り場に男女一体の大型ウオーキングシューズコーナーを開設。「想定以上に夫婦一緒の購入客が多かった」
そごう柏店もこれを参考に今年9月、婦人靴売り場に男女一体型のコーナーを設置。品ぞろえも増やしたところ夫婦での購入が増え、売上高は従来比2倍になった。
当初の誤算の理由は、靴は紳士、婦人別々のフロアで展開する慣例に縛られたのが一つ。さらに共通の趣味に関わる商品では、夫婦が一緒に選び合う場合が少なくない点を見落としたことだ。
男性が企業戦士世代である団塊も、従来のシニアより夫婦での行動や共通の趣味が多い傾向があるようだ。国立社会保障・人口問題研究所によると、恋愛結婚の組数が見合いを抜いたのが60年代末で団塊に重なる。06年の第一生命経済研究所の調査では、共通の趣味を楽しむ夫婦は当時の50代が33.7%と60代や30~40代より高かった。
同社は他の地方店も同様の売り場構成に順次改め、リカバリーを図る。
【ケース4】会員制の交流サロン、容易に金を落とさず
<教訓>時間消費先を厳しく選別、仕掛けが必要
新たな交流を求め、家や職場に次ぐ居場所を求めるシニアが増えるとの見方がある。プロトコーポレーションは06年、無料の飲料や講座を用意し、サークル活動の場として利用できる会員制サロン「悠友知摘(ゆうゆうちてき)」を開設。一時1500人程度まで会員が増えたが、採算が合わず10月末に終了した。
最大の敗因は、こうした「場」にシニアは容易にお金を落とさなかった点だ。当初、月額3000~1万円の3コースのうち会員の約8割は最安コースを選択。そこで値下げにより会員増を図ったものの、十分な収益を確保できなかった。
徹底してケチなわけではない。会員同士のサークル活動には「1万円以上使っていた」(同社)。だがサロンが設けたサービスへの支出は厳しく選別。人気の有料講座も競合より安いパソコン教室などだった。
サロンでの時間消費に重点を置きすぎたのかも、とは同社の反省の弁。シニアビジネスに詳しい村田アソシエイツの村田裕之代表は「時間消費にはモノやサービスの購買意欲を刺激する仕掛けが必要」と指摘する。
【失敗に学ぶ】レンタル「割引」響かず、「無料」で体験促す
カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)が「TSUTAYA」で実施した、60歳以上の旧作DVDレンタルを毎日1本無料にするキャンペーンが成果をあげた。期間中の60歳以上の新規会員登録は通常月の2倍に上り、客数も5割増。実はこれも08年の失敗を教訓としている。
当時実施したのは60歳以上向けの旧作DVDレンタル2~5割引き。映画館のシニア割引を参考にしたが、会員獲得数は予想を下回った。
キネマ旬報映画総合研究所の昨年10月調査によると、「ビデオレンタルを利用したことがない」60代は35%と他の世代の約2倍。「経験のない世代に割引で訴えても効果がなかった」(中西健次・企画本部販促ユニット長)。今回は「まず体験してもらう」ため無料に設定、雪辱を果たした。
■経済環境変化も誤算生む要因に
シニア攻略の誤算には、定年後の時間の余裕を見誤るなど「従来のシニアはこうだったから」という"残像"に引きずられたケースや、団塊の嗜好や消費態度そのものを誤解したケースがある。団塊世代以降はライフスタイルの多様化(クラスター化)が進み、大きな塊として攻めにくい部分もあるのは確かだ。
ただし、最近つまずいたケースには、近年の経済環境の変化という「後発事象」によるものもある。
団塊世代の退職金流入で07年6月末の個人金融資産は1601兆円と過去最高を記録した。だが08年秋のリーマン・ショックの影響などで、今年6月末には1515兆円まで減少。団塊の資産も傷ついた。三井住友信託銀行によると、そもそもこの世代の一世帯当たり金融資産は60代前半時点で2147万円と、5歳~10歳上の世代の60代前半時点より30~70万円少ない。
企業の人件費見直しなどで子供世代の雇用環境も悪化。自分だけでなく子供らの備えのためにも「団塊世代が心置きなく消費できる環境ではなくなった」と博報堂新しい大人文化研究所の阪本節郎所長は話す。
足元では好調な住宅リフォーム需要も、これらの影響で立ち上がりは遅れた。LIXILは09年まで受注減が続き、今でこそ前年実績を上回るペースだが「伸びは緩やか」なのが実情だ。
企業も2000年代からの試行錯誤を経て、平成時代のシニア・マーケティングの精度を磨きつつある。マクロ経済の動向は不透明だが、これから一段と増えるシニアの生活を豊かにする商品・サービスのひな型作りが成果を生み始めるかもしれない。
(永井伸雄、倉本吾郎、上野宜彦、大島有美子)
[日経MJ 2012年12月19日付]