起業コンテスト世界大会へ挑戦、27歳の思い
来年3月、ブラジル・リオ目指す
「みんなの一票にかかってる。投票してください!」「ファイナリストいけるでこれ!みんなの力だよ、みんなすごいよ。俺本当にがんばるわ」「朝から涙が止まらない!」「絶対勝つ!バトンは落とさない」「10位台が見えてきたよ。これがみんなのチカラ!」……。
まるで「選挙戦最終日、必死の訴え」という見出しがつきそうなセリフ。浅谷治希(27)は22日夕方から、自身のフェイスブックでこんな投稿を断続的に繰り返している。
彼が訴えるのは、来年3月にブラジル・リオデジャネイロで開催される起業家の世界会議出場権などをかけたネット投票。世界中の「予選」で1位をとった112のチームが、世界会議に参加できる条件の上位15位内を目指しネット上で激戦を繰り広げている。投票はフェイスブックアカウントがあれば誰でも可能だ。
「あなたを起業家にする54時間」
米非営利団体のスタートアップ・ウィークエンドは、世界が抱える社会的な課題を技術的イノベーションで解決しようとする起業家支援の組織。毎年、世界各国・各都市で起業アイデアのコンテストを開催している。そのコンセプトがおもしろい。
キャッチフレーズは「あなたを起業家にする54時間。No Talk, All Action」。限られた時間は3日。見知らぬ者同士が集まり、アイデアを披露し、チームを作って、できれば新たなサイトやサービスを完成させる。直近の予選は今月16日からの週末3日間、東京・大阪など国内5カ所を含む世界約130都市で開催された。
浅谷は東京開催で1位をとったチーム「SENSEINOTE(センセイノート)」のアイデア発起人でリーダー。その名が示すように、教師がレジュメ(授業内容)やノウハウを共有するためのコミュニティーサイトで、教師向けのソーシャルメディアといってもよい。
「これまで日本代表として世界大会で勝ち上がったチームはいない。人生をかけて本気で目指そうと思った。絶対に僕らが最初のチームになりたい」。28日の投票締め切りまで、残り時間はあとわずか。デッドラインを控え、なりふり構わない選挙戦の真っ最中だ。賛同者を一人でも多く募るため、コンテスト世界大会への挑戦権を得た3日後に会社を辞めたほど、入れ込んでいる。
大学、社会人…暗中模索の日々
「高校時代からビジネスモデルを考えるのが趣味だった」という浅谷は、慶應義塾大学に進学後、サークル活動などのキャンパスライフには目もくれずに起業を目指した。しかし、暗中模索の日々がしばらく続く。
学生時代は「お金儲けばかりを考えていた。ゴールがはっきりしていなかった」。結果、どれも中途半端に。今度は司法試験を目指そうと留年するも不合格。「キャリアをリセットしよう」と昨年4月、教育関連のベネッセに就職した。希望通り、女性向けコミュニティーサイトの運営部署へ配属されたが、「スピード感が遅くて、ストレスで鬱状態になった」
今年8月、一般ユーザーのアイデアを募集するネットベンチャーに誘われて転職。大企業とは違う刺激的な日々を送り、満足していた。しかし、彼女と紅葉狩りに出かけようと計画していた11月初旬、転機が訪れる。人生を変えるほどの……。
彼女との紅葉狩りの予定が一変
浅谷は都内に一軒家を借り、シェアハウスとして起業家や官僚らと住んでいる。ここに、知人から「米国人をしばらく置いてあげてほしい」と頼まれた。米国人とは、11月16日からのコンテストのために来日した米スタートアップ・ウィークエンドのCOO(最高経営責任者)。彼を通じてコンテストの存在を知った浅谷は、紅葉狩りをキャンセルした。
16日、浅谷はセンセイノートのコンセプトを参加者全員の前でプレゼンしていた。ヒントは、今夏に再会した中学教諭を務める高校時代の友人。話を聞くうちに、「彼の教え子は幸せだな。彼みたいな先生を応援できる社会をつくろう」と思った。漠然と抱えていたその思いを、浅谷はコンテスト初日、5時間かけて整理した。そして披露したのがセンセイノートだ。
日本中、あるいは世界中の先生と授業方法はもちろん、進路指導や生活指導に至るまでの情報を共有できる教師のためのコミュニティーサイト。有料会員からの収益や、レジュメなどのダウンロード課金の収益で運営し、役立つ情報を提供してくれる教師には現金を還元する。「優秀な教師が正当に評価される時代がくれば、子どもたちのためにもなる」
プレゼン希望者の80人中、参加者全員の人気投票で残ったのは15人。その一人となった浅谷は、コンテスト最終日の審査に向け、アイデアを形にしていく。
まずはチームのメンバー集めだ。コンテストに集まった各方面のプロフェッショナルからエンジニア1人、ウェブデザイナー1人、そして、司法試験に合格したばかりの修習生1人を仲間として引き入れた。
奮起したにわか仕立ての4人
たった1日、にわか仕立ての4人は、それでも問題意識と目指す方向を共有し、実際に動くものを作ろうと決めた。国内のスタートアップ・ウィークエンドはアイデアやコンセプトに終わる場合が多く、わずか3日では主催者側が推奨する「実際にユーザーがいる」段階にたどりつけないという。だからこそ、浅谷らは「やってやろうじゃないか」と奮起した。
コンテスト最終日となった18日午後7時。いよいよ最終審査に向けたプレゼンが開始。すでに「優勝できると思っていた」浅谷らは、あえて大とりとなる「15番目」を選択した。
この段階で、センセイノートは動くサイトに仕上がり、さらにプレゼン時点までにフェイスブックなどで呼びかけ、8人の教師が登録、利用してくれていた。(今はピーアールのため閉鎖)。動くサイトをプレゼンに間に合わせたのは、15チーム中、センセイノートのみ。投資家など5人の審査員は、満場一致でセンセイノートを1位に推した。
「僕たちのサービスは社会性が強い。そこがほかとの違いかな」と振り返る浅谷。意外なことに、世界大会への挑戦は「最初はあまり乗り気じゃなかった」と話す。「エリック・シュミットに会えようがどちらでもよかった。いずれにせよ、僕らのビジネスはうまくいくと思っていたから」だ。1位になった時、すでに実際に「起業」する決意は固まっていた。
12月に会社設立、クラウドファンディングで資金調達も
みなぎる自信。それがなぜ、今現在の必死な姿へと変わったのか。「メンバーが世界で挑戦したいといって。確かに世界大会で日本から勝ち上がった例はない。3日でサラリーマン辞めて、世界で勝負して人生も変えたら、日本のみんなにも勇気や活力を与えられる。そう考え直したんです」
決めたら早い。19日、浅谷は勤めていたベンチャー企業に辞意を伝え、21日、退職した。後ろ髪を引かれる思いはまったくなかった。ベンチャー社長も背中を押してくれた。
「社会的な課題を解決したいという思いの結果、助かるユーザーがいて、社会にも共感を得られる。こんな『三方よし』のビジネスはなかなかない。こんなチャンス、人生でもうない」
22日、世界112チームの投票がはじまり、チームで唯一、1日の時間を自由に使える浅谷は、あらゆるつてを使って動員や投票を呼びかけた。順位はじわじわと上がり、27日午後7時時点で24位。微妙な情勢だ。ただ、これで15位に入れなかったとしても、浅谷らの挑戦は終わらない。
すでに、クラウドファンディングを使って1000万円の起業資金を得る計画を進めている。法人化には、弁護士のメンバーが役立つ。社名は虫眼鏡の「Loupe(ルーペ)」。ロゴデザインも決まり、名刺も発注した。12月にも設立する。夢は果てしなく大きい。
「できることはぜんぶやる」
「僕らは教師向けサービスという切り口で終わらせるつもりは、まったくない。目指すのは、知恵や知識のプラットフォーム。人類の英知のプラットフォームを、しかも日本発で作れたら最高に面白い。やっぱり、日本や日本人はダメだよねじゃなくて、日本人でもできるじゃん、日本なめるなよ、ってところを世界に見せたい。日本人であることに誇りが持てるような」
浅谷がスタートアップ・ウィークエンドに参加してから、まだ2週間もたっていない。そのスピード感に、浅谷自身も驚く。「コンテストに参加したことで、今まで積み重ねてきたパズルのピースが、一気に絵になったよう」。浅谷の昂揚(こうよう)がとまらないのも無理はない。
この数日はほとんど寝ずに、投票を呼びかけてきた。「ごはんも吐いちゃうほどだけど、このまま明日(28日)まで寝ずに、できることはぜんぶやる」。28日午後5時、次の結果が出る。
(電子報道部 井上理)
追記(28日13時5分) NPO法人Startup Weekendの事務局より「投票の締め切り時間は日本時間の28日午後5時の誤りでした」との発表がありました。本文中は訂正済みです。