嶋津隆文オフィシャルブログ

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「自分の身体はペットの熊に食べさせてほしい」との遺言

2012年08月07日 | Weblog

写真:「カトマンズで見たチベット仏教の儀式」本人撮影

お盆が近づいています。先般も故郷で義兄の初盆があり、いとこの中で次は誰が逝くだろう等と言った話しが、笑いながらも十分リアリティを持って話されていました。

それにしても昨今、散骨や樹木葬など葬送の自由が叫ばれています。「死」をば土に閉鎖するのでなく、海や山といった自然回帰のイメージで持たせることで、人々に大きな開放感を与えているようです。最近東京都が募集した小平霊園での樹木葬でも、おびただしい数の問合せがあったと聞きます。

しかし少し冷静になってみると、こうした墓や葬儀の自由を無限に受容してよいのか、疑問がわいてきます。実際、散骨を嫌がる観光地や樹木葬に違和感を持つ周辺住民も出て来ています。「自分の体はペットの熊に食べさせて欲しい」、「鳥葬にしたい」という遺言や相談も登場してきているともいわれます(碑文谷創「「お葬式」の学び方」)。

この3月に訪れたヒマラヤのネパールで、ヒンズー教徒の火葬を見、北部のチベット系の人たちの鳥葬の話を聴き、あるいは南部のインド系の人たちの水葬の存在を知りました。それぞれの地域の風習は十分尊重されるべきものでしょう。

しかし都会化された我が国にあって、死んでいく人間の自由奔放な意向を受容するあまり、残された公衆衛生上の問題や社会の死穢意識を軽視する風潮が拡大するとなれば、それはやはり危険というべきでしょう。

「自由」という明るい響きは、無防備に拡散していくものです。「葬送の自由」。ここにも戦後民主主義の、一つの弊害が生れようとしていると言ってよいかもしれません。

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