僕が国家公務員を選んだのは、仕事をしている時間も社会全体のことを考えているのが許される仕事だと思ったからです。
おそらく、どこの官庁に入っても、社会のためにとか、人の幸せのためにとかいう思いで仕事はできるのだと思いますが、それぞれ価値観が少しずつ違います。
経済活動を活発にして、その果実がみんなに行き渡ることで幸せな社会が実現できるという考えもあるでしょう。
教育こそが人が自律的に幸せになれる鍵だという考えもあるでしょう。
また、長い目、広い視野で見た時に、環境問題こそが最も重要だという考えもあるでしょう。
あるいは、統治機構に着目して、地方分権や行政の効率化を図ることがこの国に必要という考えもあるでしょう。
さらに、国際社会の中で国益を追求したり、国際貢献をし、世界的な平和を実現しようという考えもあるでしょう。
全体を考え、財政規律を守りつつ、持続的な国家運営を図ることこそが大事という考えもあるでしょう。
どの省庁も大事な仕事をしていると思います。
僕が、数ある省庁の中でも、厚生労働省を選んだのは、こんな思いからでした。
その時、僕は一人の人が生きていくことをイメージしました。
そして、人の幸せというのは多様なものだけども、
命があって、安全で健康で、生活していけるだけの幾ばくかの収入がある、仕事がある。
そういうものは、誰にとっても必要なものではいかと思いました。
そうしたものが確保された上で、人はそれぞれの幸せを追求していけるのだろうと思ったのです。
時代は変わり、政府の役割というものも縮小していくのだろうと思っていましたが、それでも、このように誰にとっても必要なものというのは、すべての人に保障される社会であってほしいと思い、そのような分野を担当する官庁を選びました。
入省して、年金、雇用などいくつかの分野を担当した後、
課長補佐になって、初めて福祉の分野を担当させてもらいました。
児童虐待の防止です。
この分野を3年間担当して、入省前に思っていたことで、一つ足りないものがあったことに気づきました。
それは、
「人のつながり」
です。
児童虐待というのは、経済的な問題、夫婦不和、離婚、近所づきあいが苦手、依存症、望まない妊娠、育児ノイローゼ、障害など育てにくい子どもなどなど。。。本当に複雑な問題が絡み合って、親も行き場がなくなり、一番弱い子どもに矛先が向いてしまうものだと僕は理解しています。
さらに、家庭という閉ざされた空間で虐待が起こっていても、外から見えにくかったり、気づいていても周りが救えなかったり、様々な支援が届かない、あるいは支援を拒むといった状況の中で、子どもの命が奪われてしまう悲惨な事件も後を絶ちません。
上記のような複雑な問題があったとして、誰もがすぐに虐待に走るわけではありません。
多くの場合は、親は自分の親や親戚、友人、地域などに助けてもらいながらも、何とか苦しい時期を乗り越えるものと思います。
虐待をしてしまう親・家庭に共通しているのは、その家庭自体が孤立していて、支援が入りづらいということです。
何か困ったことがあっても、自分で手をあげられる人、支援を求めることができる人というのは、リスクが低いのです。
よく、児童虐待による死亡事件があると、報道でも国会の議論でも「行政(特に児童相談所など)は何をやっていたのか!」と責めることがあります。
確かに、命を救う最後のとりでは、子どもを保護する強制権限を持っている児童相談所です。
児童相談所や市役所の強化は喫緊の課題であることは間違いありません。
行政改革の流れの中で、各役所の人員が削減され続ける中で、児童相談所はこの10年で2倍に人員が増えていますが、一方で児童虐待の通報は4倍以上ですから、それでも追いつかないというのが実情です。
行政の機能強化はもちろん必要ですが、僕はそれだけでは問題は解決しないのではないかと思っています。
結局のところ、上記のような虐待の背景にある「生きづらさ」を抱える人たちが、安心して暮らせる社会を作るしかないのだと思うのです。
それが、虐待の予防にもつながります。
日本は、手を挙げさえすれば、比較的色んな支援がある社会ですが、本来支援が必要な人に届かないケースが増えていると思います。
これまでの行政の支援というのは、家族や地域のつながりがあることを前提に、基本的に申請主義・待ちの姿勢でよかったのです。
ところが、家族や地域の人など、困った人の周囲の人がつないでくれなくなってきました。
ここに、様々な新しい社会問題の鍵があると思います。
そこを解決するための鍵が、
「人のつながりの社会保障」
だと、僕は思っています。
どんなに支援策を充実しても、それが必要な人に届かなければ意味がありません。
①問題を限定しない総合相談窓口の設置
②家庭訪問など支援の必要な人へのアウトリーチ
③得意分野の異なる機関の情報共有と連携
こういったことが必要になってきています。
こうしたことの担い手には、行政もあれば、NPO、民生委員、福祉団体、学校、医療機関、警察などなど多様な主体があります。
先日、「よりそいホットライン」という24時間365日つながる、どんな問題でも受けるフリーダイヤルの電話相談の施設を見学してきました。
1日に30,000件もの電話が殺到し、とれるのはその一部だそうです。
本当に苦しい人は、つながるまで何度もかけるそうです。
こうした社会資源をもっと充実させていかなくてはなりませんし、
既存の機関もアウトリーチを拡充できるようにしないといけません。
さらに情報共有と連携を進めるために、法的にも人的にもあらゆる手立てが必要と思います。
あるいは、これは仕事の範疇をやや超えますが、システムの問題以外に、一人ひとりがもう少し身近な人に温かい目を向ける雰囲気の社会になれば、多くの人が生きやすい社会になると思います。
話題の社会保障と税の一体改革という、大きな財源論の話とともに、
こうしたソフト面も社会保障の充実も、僕の(というか社会の)重要なテーマです。