ただのガジェットではない、グーグルの未来への切り札

グーグルの歴史を知る人なら、誰もがNexus Qの開発を無謀な取り組みだと思っただろう。ブリットらはこうした指摘はすべて正しいと認めたが、Nexus Oneの失敗以来、グーグル社内の状況がずいぶんと変わっている点も強調していた。
ただのガジェットではない、グーグルの未来への切り札
PHOTO BY ARIEL ZAMBELICH/WIRED

直径は約12cm。電源がオンになると、LEDライトが音楽のビートやリズムに合わせてダンスする。

ジョー・ブリットは、彼がいちばん最近開発した製品──中心部の周りにLEDライトが輝く、黒い球体のようなもの──をわたしに手渡し、よく調べてみるようにそれとなく促してきた。彼はこの製品のしっかりとした(重さ約1kgの)重量感のある印象や、可動部分のスムーズな操作、室内に置いて利用する家電としての配慮などといった点を感じとって欲しいと考えていた。実際に触った感覚は、ほんとうにアナログなもので、わたしは初めてオーディオレシーバーを買ったときにこれと似た感情を抱いたことを思い出した。その当時は、音響機器で大事なのは3つの点──音質はどうか、可動部分を動かした時の感触はどうか、そして店頭でどれほどクールに見えているか、だけを気にすればよかった。

Nexus Qを開発したジョー・ブリット(写真左)とマット・ハーシェンソン(同右)。米国内の工場で端末を視察しているところ。

Nexus Qを開発したジョー・ブリット(写真左)とマット・ハーシェンソン(同右)。米国内の工場で端末を視察しているところ。

わたしは、ブリットと彼の共同開発者のマット・ハーシェンソンと2時間ほど話をしていた。その間、彼らはスティーブ・ジョブズが好んで使った「テクノロジーとリベラルアーツの交差点(the intersection of technology and liberal arts)」という表現についての話題をしばしば持ち出した。ある話題が出た時、ブリットは1970年代によくあったレコード・パーティのことを持ち出して、ポイントを伝えようとした。70年にはよくティーンエイジャーが自分のレコードを(牛乳のケースに入れて)持ち寄って、誰かの家で一緒に聴いたものだった。

無論、わたしが今いるのはグーグルの建物のなかであり、アップルではない。グーグルの本社キャンパス敷地内にあるBuilding 44の2階にある狭苦しい研究室。「Building 44」と聞くと、Android OSのことを思い出す人が多い。世界ですでに4億台以上の携帯端末に搭載されているAndroid OSは、このビルの中で開発されている。それと同時に、グーグルの15年の歴史のなかでいちばん大胆なコンシューマー向け電子機器もここから生まれた。ブリットがわたしに見せた黒い球体は、彼のチームが生み出した最初の成果である──「Nexus Q」というこの製品は、グーグルの開発者向けカンファレンス「Google I/O」で27日に発表された。価格は299ドル。予約は28日に開始され、7月中の出荷が予定されている。

Nexus Qは、簡単に言うとホームエンターテイメントに特化したルーターである。Qのユーザーは、ステレオやテレビをこの端末につなぎ、グーグルのクラウド上に置いた音楽や動画をストリーミング配信で楽しむことができる。また、Qにはアンプが内蔵されているので、直接スピーカーをつなげば、単体のユニットとして利用することもできる。Qの操作は基本的にAndroid端末をつかって行うが、手動での操作も可能で、端末の上部には音量調節用の回転式ボタンがついている。Nexus Qは、グーグルが設計と開発の両方を手がけた初めての端末。グーグルはこの製品の生産を米国にある製造工場に委託している。そのほうが、アジアの外注先を使うよりも、しっかり監督できると考えたからだ。

Nexus Qの球状のボディには、グーグルがアップルの「AirPlay」や「Apple TV」に対抗していく上での同社の回答が詰め込まれているが、同時に両社の製品にはある重要な違いがある。それはコンテンツの保存場所だ──グーグルはユーザーの音楽や動画をクラウド上に保存しているので、ユーザー側ではNexus Qを持った友達のところに行けば、自分のメディアコンテンツを一時的に共有することができる。友達がかけている音楽が気に入らなければ、代わりに自分のAndroidスマートフォンから好きな曲を選んで割りこませればいい。Nexus Qは、ソーシャルな利用に対応する、消費者目線の、センスのいい端末だ。

Nexus QはAndroidのスマートフォンやタブレットのアプリで操作する。

グーグルの歴史を知る人なら、誰もがNexus Qの開発を無謀な取り組みだと思っただろう。

確かにグーグルは、優れたユーザーエクスペリエンスの設計についてはよく知っている。同社の巨大なビジネスは、検索サーヴィスやYouTube、Gmailなど、さまざまなオンラインサーヴィスの高品質かつシンプルな設計の上に築かれたもの。また、グーグルはハードウェア開発においても有能だ(日本語版関連記事)。自社開発のサーヴァーのデザインは同社の初期の成功を支えた決定的な要素であったし、また現在では、それがさまざまなところで模倣されている。いまも同社は自社のサーヴァーを開発しており、その巨大な規模や需要から、世界有数のサーヴァーメーカーの1つになっている。

しかし、アップルがお得意とする、ユーザーに製品への強い欲求を抱かせ、それを買ってもらうことについては、グーグルはこれまで何度も乗り越えがたい障壁にぶつかってきた。たとえば、2010年に開発し、自社で販売しようとしたスマートフォン「Nexus One」は結局失敗に終わった(日本語版関連記事)。また、同年末に発売した「Google TV」は、ソニーやロジテックが対応するハードウェア製品を発売したが、これも散々な結果に終わった(日本語版関連記事)。グーグルのビジネスに必要なオンライン広告販売に関するノウハウと、アップルのビジネスに必要な「MacBook」「iPhone」「iPad」などの製品の販売に関するノウハウは、異なるもののように思える。グーグルには、広告出稿主が不満を感じたときは何をすればいいかがわかっている。しかし、Nexus Oneのユーザーから修理や返却を求められても、グーグルにはどうすればいいかまったくわからなかった。

ブリットらはこうした指摘はすべて正しいと認めたが、Nexus Oneの失敗以来、グーグル社内の状況がずいぶんと変わっている点も強調していた。Androidのプラットフォームはもはや急成長の段階を通り過ぎていること、同時に社内で開発資源を取り合う場面では以前よりはるかに影響力が高まっていること、また社外でもサプライヤーやヴェンダー、広告主に対して、対社内と同様に大きな影響力を持っていることなどを2人は説明した。

さらに2人の創業者──ラリー・ペイジCEOとセルゲイ・ブリンもまた、グーグルがほんもののコンシューマー向け電子機器メーカーとして振る舞うことに対する心の準備が、ついに整ったようにみえる。同時に2人は、これまで長いこと抱いていた考え方を変えた──それは、自社やその製品について宣伝することは、グーグルにとってお金の無駄遣いだという考え方だ。以前なら、Nexus Qはマシンが処理するオンライン店舗の片隅に捨て置かれていたかもしれないが、今後はマーケティングに力を入れていく計画もある。

グーグルは昨年、自社のプロモーションや広告に15億ドルを投じていたが、これは前年の約2倍、2009年と比べれば約4倍にあたる(Advertising Ageのデータ)。ブリットらの話によると、Nexus Qについてはテレビや屋外広告(立て看板)、オンライン、プリントメディアなどさまざまな媒体を通じて、積極的にマーケティングを展開していくことになりそうだという。

※この翻訳は抄訳です

TEXT BY FRED VOGELSTEIN

PHOTO BY ARIEL ZAMBELICH/WIRED

TRANSLATION BY WATARU NAKAMURA