「事前の相談なんですけど・・・本人の意向で本葬を田舎でやりたんですが、火葬だけ東京でお願いすることはできますでしょうか?」
戸惑ったような声で、女性から弊社に問い合わせの電話が入ったのは、ほぼ1ヶ月前のことでした。
「全く問題ありません。 火葬だけでもお手伝いさせていただけますョ。」
そうお答えすると、その女性はホッとされたご様子。
「それでは、ちょっとご相談したいことがありますので、こちらまでお越しいただけますか?」
ということで早速自宅にお伺いすると、ご挨拶もそこそこに1枚の紙を机の上に置かれました。
「これ、主人から預かったんです。 まず読んでいただけますか?」
手にとってみると、そこにはこう書かれていました。
『葬儀についての遺言』
遺言者○○○○は、自らの葬儀に関し次のように遺言する。
この書き出しで始まる文章には、事細かにご自分の葬儀の段取りが記載されていたのです。
◇ 火葬は東京で行い、立会いは妻子のみ。
◇ 火葬場は○○斎場で執り行うこと。
また自宅のスペースの都合上、遺体は直接火葬場霊安室に搬送のこと。
◇ 死亡の通知は葬儀後に行うこと。
連絡先は、下記の通り。 A(会社関係)・B(親族)・C(友人・知人)
他にも細かい段取りが指定されており、葬儀社として私から別途奥様にご説明する事項は殆どない程。
今まで事前相談は数多くお受けしましたし、出来るだけご本人の意向に沿う形でのご提案をさせていただいてきた私ですが、これ程までに完璧な遺志を明らかにされた例はありませんでした。
ご主人は、元一流商社マン。
海外への単身赴任が長く、いわゆるモーレツ・サラリーマン世代。
奥様は息子さんと2人暮らしが長く、現役時代はあまりご主人と一緒に暮らしたことはなかったそうですが、家族のために一生懸命働いたご主人を誇りに思っていたそうです。
「せっかく定年退職して一緒に暮らせると思ったら、すぐに病気になってしまって・・・すまんな。」
何度もそう口にされていたというご主人は、病気の状況を聞いて覚悟されたのでしょう・・・この遺言は半年以上前に作成し、奥様に手渡されたとか。
きっと、先立つ自分がこれ以上家族に要らぬ迷惑をかけたくない一心だったのでしょう。
「いかにも主人らしい心配りなんですが、もらった方とすればねェ・・・。」
複雑な表情を浮かべていた奥様からご逝去の一報が入ったのは、先日の早朝4時過ぎ。
かねて打ち合わせさせていただいた段取り通り、ご主人の亡骸を霊安室に安置し、翌日夕刻に荼毘に付させていただきました。
「いろいろありがとうございました。 お世話になりました。」
そうおっしゃって、ご子息と共に火葬場を後にした奥様でしたが・・・実はひとつだけ、ご主人の指示になかったことをされたんです。
それは・・・病院から火葬場に向かう際、わざわざ遠回りしてご自宅マンションの周囲を2周したこと。
「だって、長い入院生活で自宅に帰れなかったんですもの。
せめて家族のために手に入れた住まい、見せてあげたいじゃないですか。」
お互いを想うベテラン夫婦の深い愛情を感じた私は・・・ただただ合掌。